一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十一二三四五六七八九十

　第一章　覚醒、リトルタイラント！

　――ゴォォォォォォォゥゥゥゥ……。
　遠吠えを放ちながら、横倒しに撃たれた闇の竜巻が通り過ぎて行く。
　真夜中の百貨店のワンフロア。宝石店や衣裳店の雑居するそこは、魔性の荒れ狂う地獄と化していた。一切合切がひっくり返され、戦場となっているのだった。
　闇を見通す眼と欠片ほどの良心を持っていれば、その光景に恐怖を覚えたことだろう。周囲に散乱する屍はどれ一つとして尋常な命の無くし方をしていない。ある者は鮮やかに心臓を抉り抜かれ、ある者は無惨に五体を裂かれ、ある者は全身がひしゃげるほどの威力の攻撃を受けて平たく潰れている。
　殺害方法のみらず、死体の種類も様々だ。爪を叩き折られた銀の毛皮を持つ獣人が、己の紅い体液で毛並みを汚している。巌の如き巨躯の黒鬼が、大太刀を握ったまま絶命している。黒猫の頭部とサラリーマンスーツ姿の胴体を持った悪夢の世界の住人が、一撃で背中から身体を潰されていた。御揃いの野戦服を着込んだ強面の人間たちが積み重なる。彼らとは別のチームユニフォームとガスマスクを装着した機甲部隊が全滅していた。
　ここに人魔の垣根は無い。あるのはただ、狩る者と狩られる者の絶対的な立場の差のみ。
　――っくしょうが……!!
　誰かが憎悪の籠もった怒声を化粧品売り場の奥に向ける。生き残りは属を問わず轡を並べて列陣を組み、ひたすらソレの到来を待ち構えていた。
　――ズル……ズュルリ――――――……ズゥル……　　　ヌチョ　　　――ズルリ。
　崩れた外壁から差し込む星明かりも粘稠な音の響く昇降機乗り場にまでは届かない。歪んで開かなくなった扉の前は聊かの灯りにも恵まれず、ドロリと閉塞的な無明に満ちている。人踏み入らば、身体の境さえ見失う深き闇。根源的な恐怖を拭い切れぬ射干玉の黒。
　その奥から何か巨大な物がこちら側に足を踏み出そうとしていた。チロリと見えた紅い線が、破滅を薫らせる魔犬の舌かと問えば、否。それを遙かに超える災厄が迫り来る――。
　ぽつりぽつりと青白く燃え盛る鬼火が不規則に灯る。星界の雫すら怯えて避ける暗奥から傲岸な気配が吹きつけ、空間を覆っていた常夜のヴェールを薄く剥がしていった。
　紅に染まった壁が鉄錆臭の香水を纏っている。倒れた陳列棚ショーケースから零れた女を飾る宝石の群れは男たちの朱飛沫を浴びて狂った輝きを放ち、彩り艶やかなドレスの数々はそれこそが本来の自分の色だとばかりに緋色の海を謳歌していた。床に散らばる臓物百景。酸鼻を極める只中にあり、唯一それを華やかに変えている者が居る。
　賞金NO.SS-zc0007。誰しもが、公表された賞金額の桁間違いを信じて疑わなかった者。
　訂正の効かぬ数字を見てほくそ笑んだ彼らが獲物に殺到することも首謀者たちの思惑通りだったのか……。餌に食いついたハンターたちは、命と吊り合いの取れる金額の――それも受け取れぬ金額など――無いことをその身を以って思い知らされていた。
　――フフ……。
　額ずき晴れた漆黒の雲霞の先に、芳醇な闇ゴシックドレスに血糊の如き糸飾りを施した魔物の少女が独り、佇んでいる。カンバスの題材マチエールは暗黒の気品。筆を引かれて腰まで広がる紫髪はアメシストの流砂で、それを掻き分けて生えて怜悧な容貌に花を添えるのは、白刃の妖刀の如き優雅に伸びた長シャムシール・イヤーい耳と、溝の入った黄褐色の山羊状の捻れゴート・ホーンた角だ。鉄火の晩餐会に饗され赤く滴る後頭部のリボンが強烈なアクセントになっている。
　立てた千五百ミリのイーゼルが肩に来る程度の背丈を包むのは、上下一繋がワンピースりのロングドレス。深くカットされたネックラインの吊り椅子の如き輪郭が、柔らかで豊かな乳房に被さり、ともすれば弾み出す雪皙の鞠の手綱を引き締めている。肩の薔薇の蕾パフが背負うのは異形の証。牡丹を磨り潰したような赤紫の皮膜から浮き出た骨格の、命を掴まんと広がる爪の如き二対四枚の蝙蝠羽ハイダーク・デモンズウィング。若木のバイオリンの如き腰括れを包む段重ねの黒布ティアードスカートの影に潜むのは、敵の急所を嗅ぎつけ狙い穿たんとする、先端が鏃状に尖った悪魔尻尾テラー・テイルだった。
　土倉インダストリー謹製のマシンガン――毎分千発の特殊加工対魔霊弾を撃ち出す軍神――の斉射を受け終えた彼女は笑っていた。
　――……あぁ、痛い。
　鈴を転がしたような美しい音色も、無限の不吉さを孕んでいる。蒼いアーモンド形の瞳が茶目っぽく吊り上げられても、場に油断は流れなかった。何故なら少女が割った頭蓋に貫手を突き込んで、到底階段には詰め込めそうもない程の大蛇を引き摺っていたからだ。
　豪奢な糸を靡かせて、ふわり、と黒いスカートが翻る。古書に因れば、その衣裳の示すは血と暴力。その只中にあり華の如き気品で戦士を惑わすのがこの少女。
　危険度特Ｓ指定、復讐と刑罰の魔王が十子の七ザーバッハ・チルドレン・ナンバーセブン。
　一団がじわりと汗をかいていく。それでも恐慌状態に陥って銃火器のトリガーを引く人間はいない。たとえ隣で戦友が殺されても動じない、ぐらいでなくば、人の身で魔物と戦う事など出来はしない。虚勢を張る咆哮も絶えている。鋼の胆力の無い魔なら、仕える主人から魔姫討縛など命じられはしない。
　楯にした薄いテーブルに命を縋りつかせる、防護服と突撃銃で身を固めた粗野な荒くれ者共の暴力的に血走った眼を見返しながら、賞金首の少女が涼しげに微笑んだ。
　――ねぇ……そこの貴方。私わたくしの城の門兵は、生きながら喰らわれて尚、敵の進撃を阻もうとしたそうですの。……彼らもこんなに痛かったのかしらね？
　カラン、と銃弾が落ち、ゆっくりと黒衣に血が滲んでいく。手傷を与えたというのに歓声は沸かない。それすらも、あえて受けているのではないかと思わせる狂気が彼女にはあったからだ。血脈の流儀に従い人界に顕現した少女の目的は父と敵対する魔神に虐殺された臣下の報復だと聞き及ぶ。力及ばずして囚われ嬲り者にされた心中は如何ばかりなのか。
　――語る言葉のない身だけれど。せめて敵の血肉を我が忠臣に捧げましょう。
　血絃の黒懍ゴシックドレス華を纏う常夜の魔姫が、衣裳を戦場の空気に酔わせて歩き始めた。
　――貴方達、私の不興を買ってまで手に入れたい物とは一体何だったのかしら。巨万の富、尽きぬ酒、絶世の美女？　それとも、名誉の武勲、忠誠の証明、主君の犒い？　残念だけど私にも身を張るべき臣下があってよ。そちらの糧になんか、なれませんわ！
　大蛇の骸を投げ捨てて進む少女の赤い靴が、床に引かれたコードを踏み越えた。それが絶対防衛線。仕掛けられていた爆薬の信管が起動し、止まっていた時間が動き出す。
　――さぁ、始めましょう、人間。そして賤魔の走狗！　今際に望んだ物の夢を見れることを願って差し上げますわっっ!!
　爆炎を無害な煙の如く受け流して少女が現れる。射撃。着弾した彼女の身体が左右に揺れるが歩みは止まらない。雄叫びをあげて突進した筋骨隆々の怪物に巨大な拳を振り下ろされてシェイクハンド。腕を千切られた彼の絶叫が上がるが、直に止む。胸を労わるように撫でられた途端、抉り出された心臓を高々と掌に掲げ乗せられて。動悸の早まっていた雄のポンプは白い繊手に破壊され活動を停止する寸前、引き千切れた動脈から噴水の如く高く高く断末魔の残響を上げた。
　――フゥフフフ……温ぬるい血だこと……！
　すでに拭い切れぬほど血臭の篭ったブラックドレスを殺戮の昂揚が浸していく。
　――……ククク、……クゥハッ、ハハ……ッ……アハハハハハハハハハハハハッッ!!
　哄笑の周囲で無数のひしゃげた鉛塊が浮かんだ。念動力により、床にめり込んだ弾丸が操られているのだ。伏せた猛獣を飛びかかる寸前で待機させ、魔姫が手の甲を顎に当てる。
　――先程の……すこぶる快適なシャワーでしたわ。是非貴方たちも楽しんで頂戴。
　終に弾薬の尽きた人間たちが近接武器に手をかけた。外に横付けにされた武装機甲車は全て横転し、逃げる足は最早無い。だから彼等は圧倒的に届かない抵抗を続ける。これでもまだマシなのだ。もしも背を向けたなら、たちまち一方的な虐殺の始まることだろう。
　前のめりに死ぬ道しか残されていない。同じくその運命を悟った魔物共が牙を剥く。主命を果たさず逃げ帰るは武人の名折れ。背を向ける選択肢など有りはしない。
　――その心意気だけは見事。さぁ、凌いでご覧なさい！
　豪雨。ザッと少女が腕を振る。必死の形相で手近な死骸を盾にして支える人間。身体の硬い部位を前面に集中させる魔物。運の無かった連中の命が次々と呑まれて消えていく。泣き出す者は一人もいない。しかし、忍び寄る緩やかな絶望と諦観には抗いようも無い。
　と。窮兵らが攻撃の間断を縫い、最後の特攻を仕掛けようとした、正にその時だ。
　――ふぅ。そんな溜息が彼らの耳を撫でた。
「なんて……無関係な敵の命が供養になるものですか」
　屍を周囲に撒き散らした標的は、殺気の潮を引かせてそんな事を言った。
「全部冗談ですわ。確かに機嫌は悪いけれど、勝ち目の無い相手を甚振って憂さを晴らす趣味もありませんわよ。羽虫を蹴散らせば少しは気が晴れるかと思えば、逆に自分が情けなくて気が滅入るぐらい。ありがとう、貴方たち。もうよろしくてよ。見逃してあげるから、私の気が変わらぬ内に早くお逃げなさい。今夜は敵が多いの。無力な連中にいちいち構っていられませんわ」
　見下された相手が反感を覚えるより早く、絶対零度の視線が彼らを射抜く。
「まさか……その程度の力量で私の手に掛って散る栄誉が得られるとでも思って？　お行きなさい。私の気が変わらぬ内に。それとも――好き好んで私の爪の錆に加わりたいと望むのなら、話は全く別でしてよ？」
　残念ながら、少し自嘲の混じった微笑みにそこまでの魔力は無かったようだ。目聡くしたたかな賞金稼ぎたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。情けすら掛けられた武人たちが屈辱に身を震わせて消えて行く。
　それを黙って見送った少女の組んだ腕の肘から一滴、紅い雫がポトリと落ちた。見れば、強く握られた二の腕から一筋の血が伝っている。貌はついぞ敵に見せなかったほど険しい。
　ギリ、と強く奥歯が噛まれる。まるで砕けぬのは己への憤りが足らぬからだとばかりに。
「はっ、憂さ晴らし！　いいご身分ですわね、シェリスエルネス!!」
　敵の攻撃に微塵も揺るがなかった肉体を最も侵しているのは結局、彼女自身のプライドであった。すい、と片手が壁に向けられる。だが、装飾の剥がれたコンクリートが八つ当たりを受けようとした所でもう一つ溜息が吐かれ、掌に生じた魔力波が撃たれるのは止められた。
　誇りと見栄は非常によく似ている。善し悪しを語るなら、問題は何にそれを張るのか。
「ギルバと同等の首……それがなければマーニッドたちに会わせる顔がありませんわ。あの子の母親だとも……。娘より弱い母親なんて、存在価値が皆無ですもの……」
　最早周囲の景色や逃げた敵の事は綺麗さっぱり意識に無いらしく、暫し思考に没入した少女は、やがて黒衣を翻し新たな敵を求めて去っていく。
　その姿を、脚に傷を負って動けなくなった男の震える瞳が収めていた。
（仕方しっかたないなー、シェリスは。雑魚相手にはこんなに素敵なのに、少し強い相手にマゾっ気突かれると駄目駄目なんだから）
　これは記憶。かつてランセリィが賞金稼ぎの男達から蒐集した、正しいかすら定かでない野卑な記憶の中で誤る余地など無く鮮明に残っていた恐怖。
　メモリーの幻影を覗いていた魔少女は泡沫の寸劇を幕にし、この後、ザーバッハと一戦交えたシェリスエルネスの姿を思い出して、多少の悔恨に胸を痛めた。
（わたしはシェリスの必死な所が好き……）
　呟いて気持ちを確認する。
　やること為すこと危なっかしく、弾みで魔王に喧嘩を売るような所が好み。
（甘っちょろい所は大嫌い。あんなのに育てられたら、きっと駄目になる……）
　磁石の引力と斥力を同時に受けるようなこの感情。余人はそれを『嫌慕の恋』とでも表現するのだろうが、臍曲がりな彼女は頑なにこれを認めず、『独占欲』に置き換えている。
（わたしを産んだんだからシェリスはわたしの物だ……。だから格好良くなくっちゃダメ。どうせ馬鹿なことするなら勝ってよ……。無理を押し通す姿を見せろって話だよ）
　それを敵に敗れた自分は人質になり、庇って陵辱に身を任せるなどという失態を演じさせてしまった訳で。この胸の空虚感はつまり、何だかんだで否定しきれない好意を母体に持っていたという証拠なんだろう。知らないけれど。
（ここで終わられたらわたしはただの足手纏いじゃないか。まだ終わりになんてさせるもんか。あいつがもう立ち上がりたくないって言ったって立ち上がらせてやるっ）
　意地と誇りは等しい。少女の胸の思いは只一つ。
　――弱いのは嫌だな。惨めだ。見たくない物を見せつけられても抵抗できやしない。
　こんな、思い通りにならない現実なんていらない。
　力が欲しい。この現実を灰燼に帰す力が。

　少女の胸中を代弁するような、薄褪めた髑髏の歯の如き色合いの舗装された石畳だった。馬車が二台辛うじて擦れ違える程度の幅で、直接両脇に人家の壁がのしかかる造りである。
　ポツリと雨が降り始めたような染みが一滴、今、その表面に生じた。みるみる数と勢いを増していく。目を凝らしてみても何も降ってはいない。街路に透明な粘液が滲み出し、内から生じた気泡が、見る間に斑紋を広げていくのだ。
　まるで密林の如く家々が群棲する騙し絵じみた悪意に歪んだ都市が、ランセリィ・K・シェリスエルネスが事象を捻じ曲げ構築した、擂り鉢状の地平線と夜空とが癒着する閉空間である。その屋根屋根が見えない雨に打たれて溶け蝋の様に垂れていく。時折何かが崩れる地響きが轟いた。暗色に染まった石が腐臭を放つ泥となり、断末魔を上げてのたうつ家々を底無しの腹に飲み込んで行く。領域を構築した主が死に瀕し力を失っているが故に。
　そこと未だ崩壊を免れている中央の境目、腐蝕の半ばにある地点にて。
　外周から吹く風が沼地じみた湿り気を運んでくる中を鼻歌混じりに踊る人影がある。
　菫色の衣裳で着飾る若い女性――ヴュゾフィアンカ。薄暗い廃都に澄んだ夜空色の肩背套ケープマントを翻し、高く結え上げた銀髪に濃紺の頭飾布ヘッドドレスを被せて眩い星河の如く輝かせている。書棚五、六段程度の背を伸ばし、お尻の後ろで掌を組んで時折楽しそうにターンをしていれば、屋根屋根の落ち込んだ深い峡谷の底で月光の照る房がふらふらと揺れた。
　内から破滅に蝕まれ中が気泡だらけになった石畳は脆く、踏めばザクリと音を立てて靴の形に凹む。窪みを次第に泥に変じていく舗装石に、雪原を踏み躙るが如く足跡を遺しながら、女は珍奇な光景を存分に楽しんでいた。
「駄目な女に惚れると、後々凄ぉく苦労するわよーぉ？」
　組んだ指を解いた彼女は肩を包むディープ・バイオレットの布の懐から小さな硝子壜を取り出すと中身を透かし見た。透明な檻に囲まれて一人の少女が――ベリーショートの黒髪にバンド風のカチューシャ銀冠を嵌めて、鮮やかに顳から湾曲して額の前サークレット・ホーン方に伸びる白い角と一対の蝙蝠羽フォーマル・デモンズウィングを生やした、雪菓子のような肌をした歳幼い魔属が閉じ込められている。纏うのは、銀糸の蝶が留まる意匠で夜色の、闇と頽廃の象ゴシックドレス徴。先端が銛状に剣呑に尖った悪魔尻尾ハープーン・テイルを隅に蟠らせている。瓶底に膝を崩して壁に身を預ける少女は蒼眼で、月光色に輝く長剣を抱えながら、途切れそうになる吐息を必死に繋ぎ合わせて敵意の篭った視線を向けてきていた。
「あら、人にミーティを嗾けた分際で被害者面ならよして貰うわ。これでも結構トラウマなのよねーぇ、他人の都合で殺し合わされるのは！」
　元享楽と猛毒の魔王ヘルペーの百子が第四十九スクエア・ナンバーズ位。百人の仔が蠱毒の呪法の為に殺し合いを強制された際に反逆を起した者は、如何にも心外という風情で頬を膨らませる。
　その稚気に反し、何故か見る者の心を不安でざわざわと掻き立てる女だった。
　結い上げられてうなじを晒す襟足の後れ毛から、耳元や鬢にかけて艶かしい白肌が露出している。石膏像のような整った横顔、患部に当てるガーゼのような柔らかさで額を包む前髪の下でかんばせを彩るのは、妖向日紫ヘリオトロープのアイシャドーを掃かれた切れ長の鋭く紅い瞳だ。その瞳孔は千尋の峡谷のように裂け、舌なめずりをするまでもなく濡れた唇には欲望色のパープル・ルージュ。冷酷さと熱狂を同居させる危うい微笑を浮かべている。
　大量結いプレンティ・アップに蓄えられてふさふさとしたシルバーヘアは豊かな自重で垂れて肩腰に寄り添い、まるで寝入った子をそっと絞め殺すように幽艶緩徐。草陰に忍んだ猛獣の佇まい。
　機嫌良さそうに靴の交錯が連続すれば、遠心力で弾むのは束髪だけではない。鬢から伸びて編まれた細い三つ編みは、先端に幾重にも巻かれた紐を重りとし、鞭のようなしなやかさで宙を舞う。互いに錦糸が潜り込み合う様は、砂時計の中身が中央に落ち込むのに似て滑らかだ。白亜の首筋には、毒婦の娘として生まれて殺し合いを強いられてきた己の運命を一笑に付すように、硬く閉ざされた小さな錠前のついたチョーカーが巻かれている。
「まあ気楽に仲良く行きましょう？　これからペットと飼い主の長い付き合いになるんだし。それとも……シェリスに先に手を出したのを怒っているのかしら？」
　じくじく湿った壁の漆喰に長い影を落とし、ゆったりくるりと女が踊る。狼尻尾の銀髪が跳ね踊り月光を反射して、街路にプラネタリウムの煌きを振り撒く。
　マーズライトを放つ瞳は、遭遇者にとって一等星の凶兆である。彼女は他人が大好きなのだ。積極的な関心を持ち、ズタズタになるまで遊ばずにはいられない程に。
「ごめんなさいねーぇ、私、綺麗な物を見ると汚さずにはいられない性分なの！　楽しかったわぁ。あれが世界の本当の姿！　何もかもが私の手の中で崩れていくの!!」
　娼婦じみた微笑みを浮かべる彼女が纏うのは、青紫を基調にした背徳的な淑女のゴシックドレス嗜み。羽織った垂ケープマントれ幕の下で、芳烈に女の性を薫らせる肢体を包む菖蒲のブラウスは妖艶で、鎖骨の半ばから腹部まで明け透けに開衿されている。はだけ出された大人の肌は蛭の如く湿り、その間を数条のベルトがクロスして通って繋いでいた。
　上腕の傾斜して膨らランタン・スリーブんだ半袖の肘や腰には凝った飾りがあり、魚を戻す鵜の嘴状の細い三角形を一対幾組か根元で繋げて、白いフリルを詰め込んだかのようなデザインだ。
　その下は傘状に張った瑠璃紺の、広げると裾が円になるサーキュラー・スカート腰穿き。ただし、スリムに縦長い円錐型は酒杯をカクテル・グラス逆さに伏せて中途から後縁まで斜めに断ったようになっていて、シャープに覗く黒ストッキングの塑像の脚が欲情を誘っている。加えて悪逆な女を痴れさせる緑鱗の毒蛇サーペント・テイルが腰に添えられ、チロチロと赤い舌を出しては勧堕の淫息を吐いていた。
『……わたしの獲物に触って、只じゃ済まさない。境遇で歪んだなんて言い訳する弱虫。だいたいミーティの扱いだって趣味が悪いんだ。気が合うかと思ったのに残念だよ』
「あぁら、言われちゃったぁ、痛い痛い。だけど、馬鹿にするのはよして？　私は生まれる前からこう。命令されなきゃ嬉々としてやっていたわね、姉妹喧嘩」
　今現在最も興味の湧いている少女の顔を苦悩で歪ませ、反応を引き出した事に満足したヴュゾフィアンカはフィギュアボトルを胸元に押し込むと、夜哨菫の

ゴシックドレス裝の足元から渦を巻き起こさせた。そしてやおら両手を頭上に掲げる。魔性の廃都には属さない解放的な風が、前膊半ばから極星羚羊の革スターズ・シャモア製の白手袋ショーティを嵌めているたおやかな腕を撫で上げていく。湿った大気を豊かな隆起が押し割り、胴と幅を同じにしかねない砲弾型の乳房が力強く揺れた。胸の谷間に入れられた小壜が、白い大海で激しく波に揉まれる。
「だけどそれも昔の話！　自由よ、私も風も自由なのっ。誰の思惑にも支配されず、この身を縛る物は百に引き裂く!!」
　即興のワルツに合わせて背中の翼が広げられ、単独の菱形トランプのダイヤ状の裾をしたマントに入っていた切れ込みを鴉の大翼が押し開く。根元から先端まで一直線に天に向けて伸ばされた。銀髪が散り燦光の振り撒かれる周囲の煌びやかな天球に、羽根を散らす影が覆い被さる。
　――バサリッ。――ビュンッ!!　夜気を打って軽く身体を浮かび上がらせた淑女は、頭上を凄まじい勢いで通過して行く物体をキャッチした。回転させて投擲していた双頭の大鎌が背後から戻ってくるのを手元に収め、その際に斜めに傾けて推進する方向を変えつつ着地しながら、身の丈より長いその柄を巧みなコントロールで操り、身体に巻きつけるように回して腰まで落としていく。それはあたかも、ワイン瓶のコルク抜きのT字に横に突き出た持ち手が、熟練の技で高速で捻られて下がって行くかのように鮮やかだ。
　肩、胸、腰。鋭利で不吉な凶器に触れた肢体が歓喜に打ち震える。脇から胸に送られる際に棒を受けるのに使われた胸が、きつく潰され弾んで戻り、喘ぐように躍動した。
「ん……ふ……っぅふふ……ぅ！」
　衣服を通してでも伝わってくる金属の冷たさが蛇の如く肌を降りてくる官能に身を委ね、享楽と猛毒の淑女は妖紫の瞼粧を儚げに悶えさせる。彼女を支柱にして左回りに生じた螺旋階段の軌跡が、充実したスタイルを支える悩ましく括れた腰を通り過ぎると同時に、青紫のハイヒールがザッと音を立てた。尖った踵が泥を跳ね跳ばす。
　大地の反動を受けるままに再び腕を上げ、逆回しの動作で大鎌を再び頭上に掲げると、全身を使って再投擲。勢いを全く削がれず投げ放たれた斬首のジェミニが重々しい夜空を裂いていく。奇妙な事に、天高く舞い上がったそれは、大分行った所で、ふ、と姿を消してしまう。そして同時に投げ主の後頭部目掛けて、背後の高みから同じ物が降ってきた。
　空間がループしている。再び戻ってきた使い慣れた得物を危なげなくキャッチしたゾフィアは、両手を腰の後ろに回して長柄を提げ持ち、沼地じみた湿気を胸一杯に吸い込んで形のいい鼻を動かした。空間の歪みを、風を読むようにして探っていく。
「面倒だから正しい順路を教えてくれなーい？」
　緩やかに翼を打って泳ぐように歩を進めつつ小首を傾げる淑女は、こちらを睨んだまま少女が応えないのを見て、くくっ、と喉を鳴らした。
「怖い月夜の迷い道、小石を落としても帰れなぁい……」
　鼻唄と共に揺れる肩背套ケープマントの裾から、一組のタロットカードが一枚一枚すり落ちていく。
　彼女の二つ名は魔物喰らい。獲物と定めた相手をあらゆる手段で凌辱し屈服せしめ、この占札を模した呪法具に封じて自身の糧とするのを目的としている。
　その為にランセリィに襲いかかってきたのだった。
「何だか静かで寂しいわー、もっとお話しましょうよぅ？　零れる笑顔を見せて頂戴よぅ。……ぅふ、これでも見せたらニコニコお喋りしてくれるかしらーぁ？」
　それらは地に触れる寸前、透明な燕に浚われるように、すぃ、と角度を変えて浮いたかと思うと、急上昇して凶女の周囲に整然と並んで見せた。本来の意味を故意に取り違えて種々にあしらわれた忌まわしい図柄が、風に乗って催促するように廃都に舞う。
「分かっているわ、『蠢く貪欲』グリーディ・タロット。早く落ち着く場所に行きましょう？」
　撫でさするような女の声音で歓喜に沸いた二十二枚の矩形の札が青紫の燐光に包まれた。
　それぞれ周りの空間が歪み、映し出されるのは、呪縛されタロットの内部世界に閉じ込められた無数の犠牲者たちが嬲られる情景だ。その内の一つに誰かの紅いリボンを認めて激しく身じろぎをした少女が、何か叫ぼうとしてから、ぐっと歯を噛み締めて、堪えた。
「この中にギルバもいるのよ。私に捕らえられた生贄は永久にこの札の中で甚振られ続ける運命なの」
　硬泥の沼地で鬼火を従イグニス・ファトゥウスえて、すっ、と伸ばされる指。傍を飛んでいた一匹の蛾を摘み捕まえる。密偵だ。この戦いは既に魔界人界の知る所となり、数多の使い魔が放たれている。
「ねーぇ、私だけ喋るの嫌よ？」
　白手袋に挟まれた蛾が瘴気を纏う呪札に押しつけられると、紋様のある体毛が見る間に萎びていった。逃れようと五月蠅いほど盛んに羽ばたく蟲が、しかし能わず、あたかも最初から炭で形作られていたかのように崩れていく。
「っふふ、頑張るって素敵よねぇ……」
　死に浸っていく蛾を陶然と眺めたゾフィアは瞳の上端を水平に揃える独特の笑みをした。どより、と周囲の空気が嗜虐的に淀む。笑顔に忍び寄った狂気のあまり。生きようと

く生命。無様にのたくるその宝石に、そっと白革の指が絡みつき――グジュゥリ。
「私は綺麗な宝石が大好き、潰れた蟲が死に切れず脚を痙攣させるのはもっともっと好き。だからお前たちを虐めて嬲るのがこの世で一番大大大好き……!!」
　汚穢である筈の滅びの蝕呪が塵すら残さぬ皮肉。飛び出た体液は乾き、羽から零れた鱗粉は数ミリ舞うことも許されず、黒色に染まってぱらぱらと墜ちて風に消えていく。
　捻り潰された貴石が細い脚をひくつかせて空気の淀んだ腐った世界に同化していったのを見て、彼女が瞳を愉悦と恍惚に染めていると、胸元の硝子壜が揺れた。
『……シェリス、エルネスを、解放しろ……ッ』
　怒りのあまり掠れた声だった。
「あら!!　妬けるわぁ、あいつが私の好きに弄ばれるのは、我慢がならなーい？　だけど、や～ぁよっ！　常夜の姫君は、もう私のコレクションなのだもの!!」
　指先に摘んだ一枚の札を口元に当てて優雅に微笑み、もう片手を伸ばしてくるりと回転。
　そして、道が無く見える壁へとふらりと進み、そのまま中に溶ける様に姿を消した。

　グリーディ・タロットとは、力を求めるヴュゾフィアンカが手に入れた呪法具の名である。物事の吉凶を占えば必ず忌まわしい未来を示し、現実そのものの因果を昏い破滅へとねじ曲げる。魔界でも最悪の部類に入る、意志持つ魔具だ。他に存在する六組のカードと共に、この世の滅ぶまで惨劇を振りまくという。
　その内部世界はあたかも本物の地獄の如く二十二カテゴリーに別れ、かつ多層に連なっていた。菫の凶女に占札の呪力を増す生贄と見初められて、淫靡凄惨な逢瀬の果てに希望を断たれ封印された犠牲者たちは、その深層で永劫の責め苦を受けている。そして術的なパイプラインが主と直結し、苦悶と絶叫を魔力へと転換して彼女に注ぎ込んでいるのだ。
　また、陵辱の執行人として多層に渡って、知能を性欲や暴力衝動で代用しているような怪物共が潜んでいて、次元の海を回遊し、遭遇した不幸な者たちを餌食にしていた。
「ハァイ、シェリス、よく見えるかしらー？」
　今、その深層の一角に、丸い柘榴の実を輪切りにし損ねてぱっくりと深い亀裂を入れたような巨大な口吻が浮かんでいた。歯に当たる位置に、ドラム缶を桃色のモップで覆った風に見える奇妙な形状の塊を並べ、本来なら大人の身の丈ほどの舌がある筈の場所から、代わりに無数の竹の如き物を生やしている。
　よく見れば肉製だと判明する竹は、赤黒い表皮から淫汁を滴らせ、間隔の短い節に当たる部分から円盤状の柔毛をピンク色で回転させている。そして蛸足の如く柔軟に折れ曲がって何か白い物体を絡め取っていた。それは、巨大な擂り鉢の底で白い餅がこね回されているようにも見える。
　――ッ――ジュララララララッッッ!!
「ゥ――ッ、ヒキィィ゛ッッ!!　ふぁっ、ぁぁ、うぁア゛っっ、くひゃぁぁぁぁっっ!!」
　淫靡なハードワイパーが回転数をあげると、竹林にこびりついた餅が悲鳴を上げた。
　シルクを翻すようにふわりとケープマントを翻し、菫の凶女が姿を現したのはそんな場面の傍らだった。この空間の支配者である彼女は、媚獄の好きな場所に何時でも何体でも分身を生み出し感覚を共有することが出来る。目前に大きなスクリーンが生じ、ランセリィの入った壜を振る廃都のもう一人の彼女が双方向通信のチャンネルに映し出された。
「今、お前の娘を運搬している所。助けるチャンスはまだあるというのに、一体何をしているのかしら？　あらあら家来の次は愛娘まで見殺しぃ？」
（ラ……ンセ……リ……、ま、だ……無――事――）
　疲弊と性泥に塗れた麗貌を声に引き摺られるようにのろのろと上げたのは、つい先程までランセリィの記憶の中で勇姿を見せていたシェリスエルネスその人であった。両腕を臀部に向けて伸ばし、毛虫舌の群れに絡みつかれて悶えくねる己の尻尾の根元に、爪を痙攣させながら食い込ませている。そのまま握り潰しそうなほど強く。セルフ後手縛りにされた淫ら狂いの少女は歯の根の合わない口から浅ましい涎を垂れ流し、俯せでお尻を高々と突き上げ両太股を開いた犬にも劣る三つん這いで、怪物の異常な愛撫を受け続けていた。
「カ――ハァッ！　ぁ、ぉぉォォ……っくォんっ！　クぉぉっん!!　きゅアォォォッ!!」
　肩が左右交互に巨大口腔の底を打ち、限界に達した昂ぶりを訴える。重厚なドレスは左の鎖骨から斜めに剥がれ、まろび出された乳房の双丘にピンクの襷をかけるように、幾本もの肉筒が内側に潜り込んでいた。腰から破られ漆黒の切れ端と化したスカートを申し訳程度に被っているのは、牝香の充満したボリュームのある柔尻だ。粘液にべたついて照り輝く二つの雪見大福が、腰の左右から巻き付いて前衛的なビキニパンツの試着を繰り返してくる触手の群れに埋没して荒々しくむしゃぶりつかれている。
　尖った乳首を分銅の如くぶらさげて紡錘形になった乳房が、飢え具合を確かめるように曲面を彫琢されてもどかしげに、ぶるんっと弾んだ。と、心得ているとばかりに、一際太いワイパーたちが両側から挟み込んできて、根元から先端までローラーをかけてくる。
　――グミィィィイ……ッ、ギュル、ル゛ルルルッッッ！　ジュギュルルル゛――ッッ!!
「ふに゛ぃぃぃぃぃっっっ!?　っき、できなああああ゛っっ、はっ、ア゛――――ッッ」
　柔らかな二つの瓢箪の中央括れが忙しなく上下に移動する。息の詰まる圧迫感に蹂躙される痛烈な喜び。打ち震えざるを得ない。しかもご丁寧にニプルにも別口の細い触手が付き添ってきて、板で潰すが如き、より丹念な調理法を味わわせてくる。蒸れたヒップの谷間は逆に五指で割り開かれるような扱いを受け、菊座に集る先端の角に微音を立てて擽られると妖しい恍惚に腰が砕けそうになった。絞首刑の如くねじ上げられたクリトリスの下では、もっと大胆な陰阜への訪問が延々と続けられ、歓喜の涙を流して魔姫は絶叫する。
「あ゛……っ、ァあ……っ……！　アアア゛ァァァァァァッァァァァァッッ!!」
　シェリスエルネスが心の隙を突かれてグリーディ・タロットに封じられてから、体感にして既に一昼夜が経過していた。鴉翼の凶女が廃都を彷徨する、一刻に満たない間の出来事である。おそらく時間の流れが外界とは違うのだろう。
　見渡す限りの山脈景色の中に聳える、峻険な岩山の頂きに、首輪と鎖を以て金属の杭に繋がれている。それだけが今の彼女の世界の全てだ。野晒しにされ、次々と現れる怪物に陵辱されるという趣向は現在、最後に現れた口吻の怪物によって独占されている。
「猥轢の牝殺しコーティング・ビースト、モヅヘアーのお味は如何？　そいつはね、舌の代わりに無数に生えている細い触手の束で女を捕らえ――」
　言葉と同時に少女に絡みついた粘汁の滴る肉竹が一斉に独特の蠢きを激しくする。四肢を絡め取られ、半裸に剥かれて節々から生えた淫毛に擦過される少女の喉から嬌声が迸る。
「ふぁ……ァ、ガ……ッッ!!　ひゃきゅぅぅぅぅぅぅぅぅう゛ぅぅぅっっ!!」
　ブビュルルン！　汗と愛液を吸った回転刷毛が雫を散らし、一瞬止まる。そして逆回転。ブビュルルルルッ！　まるで皮膚を生まれたての赤子の柔肌に造り替えられていくかのようだった。幾何級数的に快感が跳ね上がり、狂犬病を罹患した脇腹が肋骨をバイブ設定にして波打ち始める。自律を失った関節が闇雲に暴れ出す。
　嬉々としてドッペル・ゾフィアがシェリスの囚われた口腔に潜ってくると、退化した目をしばたたかせて一瞬怯えた怪物であったが、主が上機嫌だと知って陵辱を再開した。
「歯の代わりに生えている巨大な回転モップでよがらせまくって女を轢き殺すのよ。そうして獲物の感度を高め、絶頂時の魔力を啜るのねー」
　うがいをするように怪物が喉を鳴らすと、人界で喩えれば洗車モップ状になった柔らかな歯が、シェリスエルネスの肢体を強く噛んできた。
　――ジャゴッ、グジュグゴッッ!!　ブギュジュズズズッル゛ラ゛ラララ゛――ッッ!!
「ォ……ォォォォオオオッッッン゛!!」
　桃色のハリケーンに紫髪が巻き上げられる。艶やかな双乳の峰が崩され弾力で戻ろうとして、その軋轢の熱が壮絶なパルスの奔流となって、潰される少女を泣き喚かさせた。餅搗きの如く開閉を繰り返す淫歯の上で屈服させられた肉置きが股座も何もかも開いて蛙の轢死体の姿勢を取らされる。平べったく延ばすような圧力を全身に受けて骨の髄まで蕩かされていく。尖ったクリトリスが災禍の渦に巻き込まれ、毛鞭の連続打擲が降りかかる。
　――ビシッシシシッッビュジュヂシシシシシシッッ!!　束子並の硬度とゴム針の柔軟性を両立させた責め具の大群が肉芽に当たって被虐の痕跡を刻んでいくのだ。
「あ゛――っ！　ああぁぁぁっっ！　ひぬっ、ひんじゃふぅぅぅぅぅっっ!!」
「媚薬抜きの天然の快楽の具合は如何？　感覚神経を限界まで昂ぶらされた気分は如何かしら！　怖いわよねー、私も初めて捕まえられた時は泣き喚いたわ？　こいつったら、女を犯す以外の機能を一切オミットしている代わりに、これに命をかけてるのよねーぇっ」
　肉の竹林を掻き分けてきたゾフィアが、今にもよがり死にしそうな小動物を引き取って仰向けにすると、スクリーンの向こうで歯軋りする娘の目前で覆い被さってきた。
「サービスよ、私も付き合ってあげるわ！」
　ショーツを脱いで人差し指でクルクル回し、悶える魔姫と腰を重ねてくる。蟹鋏のように使った右脚で大胆に臀部を挟まれ、裏に滑り込ませた左太腿で右脚を上げさせられた。
　――ヂュズリ……ッッ!!
「ぅ……くぁ……っ！　ヤ……ゃ……っ……ん、ゾフィ……ッッ!!」
　花弁同士を吻合されて揺すり嬲られると、口をついて甘い嬌声が飛び出してしまう。淫らな熱病にかかって火照りきった肢体が、相手の体重に秘座を押し潰されて迸った歓喜に胸を迫り上げてのたうった。
「はぁぁ……ハァァァァ……ッッ!!　らめ……ゃ……ぁ……ラメ゛ェェェェェッッッ!!」
　瞳に残っていた理性が情欲に掻き消されていく。地を這った緑蛇が臀部に潜り込み菊座に懐いた子犬のように頭部を擦りつけてくると、強請るように肛門がひくついた。優越的体位で見下ろされながら一思いに突き刺されると官能の電撃ショックで、爆ぜるかと思うほど胴体が跳ね上がる。
「ね、肉欲に抗おうだなんて、無駄でしょう？」
　快楽という性の悪いドラッグをキめたシェリスは粘液に汚された黒衣の内で宝玉の如き木目細かな白い肉を盛んに蠢かせ、しとどに滝の汗を流しながら唇を噛もうとした。ゴム質の吸着力を見せる括約筋を蛇の鱗が擦り、逞しい抽送の反動で二人のラビアが睦み合う。すると彼女の爪先が口腔の壁を掻き、恥知らずな熱い喘ぎが空気を盛大に掻き回すのだ。
「この使い古しの穴、私の為に解して待っていてくれたんだと解釈しておくわねーぇ？」
　ゾフィアが青紫の大翼で紫髪の少女を包み込み、キスをしてきた。同時に蝙蝠翼を縮こまらせた少女の腰が震え、ズズズッと重い物が這い進む音がアナルや尾

骨付近から響く。
「あ……あ……は……ひん……ヒィ……ィ、グゥ……ゥゥゥ……ッッ」
　秘め事を行う試着室のカーテンの中で、抱き竦められたシェリスの肢体が悶絶する。蛇に丸呑みされた獲物が消化されていくが如く哀れにくねる。雪色の臀部の谷に分け入った蛇尾を縦横にくねらせ、ゾフィアが陶然とした笑みを浮かべた。
「ずっと陵辱のし頃を伺っていたのに、あっさりギルバなんかに穢されて……非道い親友だわ、お前って。でも代わりにあの娘を産んでくれたんだから許してあげるっ」
　挑戦的な紅眼で見下ろす強気な顔と、目を逸らす気力も残されていない蒼眼の潤んだ弱い顔が、尖った鼻を挨拶させて突き合わせる。犯し交わる二人の額にも鉢巻のように触手が絡み付き、雁字搦めにされた所に臼型の平たく居並んだ怪物の歯が被さってきて、肢体を愛撫の嵐で揺さぶって蹂躙した。快楽で染め上げ、粘液の膜でコーティングしていく。
「……っぁ゛……かって……きゃひィ……っ！　……な、こと……おぉぉ……っ！」
　ここは衣裳をズタズタに裂かれた白皙の裸体が嵌って身悶える蟻地獄の底だ。早くも羽根間を卑汁で満たした青紫の翼が、距離を取ろうとする薄い皮膜の黒翼に追い縋り、ドッグファイトの末に触手の作ったクッションに押しつけてお仕置きを開始する。
「飛び方を忘れるぐらい、弄り倒してあげる！」
「な……ん……ぴゅひっ?!　ぁ……ぁ……ふぅ……っ、に、ニ゛ぃぃぃぃ……っっ!!」
　ペンギンの鰭の如くへの字に曲げられた鴉翼が、押し花を作るように器用かつ縦横無尽。魔姫の肩胛骨から伸びた黒い枝と、間に繋がる蜘蛛の巣の如き儚い赤紫色の皮膜を、濡れそぼった羽毛の洗濯板で覆って擦り出す。絵の具を混ぜるかのように青紫と黒と赤紫が絡み合い、触れて爪弾かれる箇所から雫と共に、次々と禁断の快楽の果実が産み落とされた。
　――ズシュッ、グチャァ……ベチッ！　ベシンッ、ヂュベジンッ!!　シャジャヂャッ！
　無数の絵筆を備えたキンキー・フェザーが生体構造的に抵抗の術を持たないつるりとした蝙蝠翼を只の画布に変えて、粗雑なスケッチを叩きつける。皮膜の生え際の起伏を掻き毟り、外側から強張った筋を撫で摩る。感覚を歓喜の落書きでグチャグチャにしてくる。
「……く、くぅぅぅぅっ!!　ら……っ、めら゛ノォォォっっ!!　ォ、ォォォッッ!!」
　さらにその課程で抜け落ちた羽根が張力と接着剤じみた粘液の効果で、裏の透けて見えそうな躑躅色のシーツに貼り付いてきた。密着点で震えていつまでも甘い波紋を広げ続けるそれは、瞼に一滴ずつ水滴を垂らして眠らせないのに似ている。狂おしい疼きの血管が二対四枚の蝙蝠翼全体に張り巡らされ、痛いほどドクドクと脈打ち始める。まるで背中に灼熱の炎で形作られた翼を背負っているかのようだった。
「あ゛ぁぁぁぁっ！　あつ、ひぃぃぃ……ヒィィィィッッ!!　ひきゅっ、ふゅぅぅぅぅっっ、つ、つばさでぇぇぇ、トん……っ、トんでしまいますわぁぁぁッッ!!」
　くすりと失笑したゾフィアに丸めた鴉翼の先で、二枚ずつ纏めて蝙蝠翼の先端を摘むように擽られた瞬間――、
「ふ――ァ――!!　はぁ……くあっ……クあああぁぁぁぁぁぁぁアアア゛っっっ!!」
　――ビュクンッッ!!　ブシィィィッッ!!
　羽先から頭にまで雷光が走ったかと思うと、陥落の魔姫は股間から愛液の潮を噴かせた。
「ぁ……ぁは……イっ……て……はにぇ、でぇぇぇぇっっ!!」
　あまりの屈辱に打ちのめされたシェリスの身体が力を失い、重力が倍増したかのように肉のベッドに沈み込む。瞳の虹彩を潤ませ切って法悦の残滓に身を委ねる少女。弱々しくしか抵抗できない赤紫色の皮膜を愛し抜き、ゾフィアが友情を込めて首を抱いてくる。
「ところで親友。私どうしても分からないことがあるのだけど、教えて貰えるかしら？　ギルバと戦う前にどうして人の魂を喰らわなかったのか。定石よねーぇ？　相手に挑む前に弱い奴から貪り尽くして力を得るのは」
「ひん、ひぃぃぃぃ……お、お黙り……ぃひ……なさぃ、寄生虫ぅぅぅ……っ！」
　悩ましげに尻尾を掻いて声を掠れさせていた彼女の両腕が、追い詰められた雄叫びと共に菫衣の陵辱者の首に伸びる。あっと思われた時には既に、凶女の喉を絞め上げていた。続く言葉は無い。周囲に立ち籠めた淫気より比重の重い、熱い吐息が漏れ出ているのみ。
「……全然力が入っていないんだけどー？」
　肩を儚く痙攣させて己の首を絞めてくる仄白い繊手を余裕の淑女が両手で撫でて見せ、白手袋を腕に沿わせて付け根へ進めていく。蛇が樹の枝を伝うように。そして肩口に到達すると、首を絞め返す代わりに魔姫の胸部に鎮座するマスクメロンを全力で揉みしだいた。
「き、ひっ、き……ひィぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?」
「それに、痛痒にも感じないわね！　勝てればお前の方が格好良いんでしょうけど、そんな様じゃぁ、同情しか誘えないわよーだっ」
　中心に的確な力を掛けられた乳鞠が、反抗的に押し返すも柔軟に撓まされていく。手首まで沈み込ませて、指の間からクロワッサンのようにマシュマロをはみ出させる甘い感触を堪能し、クククッ、と心底楽しそうに銀髪鴉翼の娼婦が喉を震わせた。
「ごめんなさいねーぇ、シェリスエルネス……？」
　力の抜けた手からするりと首を抜け出させ、淫らな声音がシェリスの耳元で囁いた。必死に二の腕で頭部を挟んでくる反抗の努力を労わるように、首筋を舐めて綺麗にしていく。
「敗者に掛ける手間はなーいの……っよねっ！」
　クワ、と口を開けたヴュゾフィアンカが、鋭い犬歯を閃かせてシェリスの首筋に噛み付いた。牙の間から紫色の毒液が滴り落ちる。致死量ぎりぎりの媚薬が注がれていく。更に直腸の中で蛇が口を開く気配がし、魔姫の肢体が跳ねた。噛まれたのだろう。
「ぃ゛……ぁ゛……ぃぎぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ!!」
　蒼眼が濁り、力を失ってコンニャクになった腕が、締めんとしていた首からズルズルと垂れた。標的の首飾りチョーカーにぶら下がった錠に指が引っかかる。その様はまるで思い人のネクタイを直しているかのようだ。駄目押しを受けた哀れな虜が偽りの幸福感で蕩けていく。
「確実に勝つ手段は幾らでもあるのに、それをしないお嬢様。負ければ只の甘い戯れ言。道化のくすんだ輝きを見るのは楽しいの。さぁて？　もっと下の下まで案内するわ！」
　――ゴツンッ。ゴツッゴツンッッ!!
「ハ……ァ……ォ……オ゛ゴォォォォォォォォォッッウウウ゛ゥゥゥゥゥッッッ!!」
　派手に身を揺さぶり始めた菫の悪魔の蛇尾が、Ｓ字結腸に体当たりを敢行してきた。尾

骨の底に溶鉱炉が産まれる。グジュグジュの粘液と共に軽いウェーブが掛かるほどそそけた紫髪が肉の傾斜にこびりつく。しっかりと捉え固定された腰を起点に、ゾフィアの左足に押し上げられていた右の太腿が、分を悟らされて相手の腰に絡みついていく。
「いいわよ、やりなさいっ、モヅヘアー！」
　喉の奥から伸びてきた怪物の男根を見て、薬漬けの魔姫の貌が青ざめた。それは、幾本もの舌が絡み合って出来た、ねっとりとした湿気を孕む歪な形状。棹の端々からヴァギナを嘗め尽くしてやろうと細い舌が伸び、先端はばらけて鉤爪の如く広がって、獲物の奥底を掻き毟ってやる隙を伺っている。女を性の高みへ衝き上げることに特化した凶器だった。
　食み合う少女と女の陰部を狙い、それらが先を争って開花先端を突き刺してきた。
　――ズグッッ、ズグズググズグッッ!!　ビュチチチチチッッ！
「ひっ、ひぐっっ!!　あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
　シェリスの口の端からこの場に相応しいだらしのない涎が振り散らされた。猛禽類の如く鷲掴みにしてくるゾフィアの五指の中で双乳が弾む。猛然と腰を使い出して、真っ赤な顔で叫びながら媚獄の支配者にしがみつき、互いの胸の膨らみを擦り合わせる。羽根を交わす二人の肢体が音を立てて絡み合う。
　膣底を肉鉤爪で小刻みにノックされ、腰全体を羽ばたかせられる快感。のの字に尻尾がくねってしまう。中央の亀頭に子宮口を大きなリズムで突き抜かれ、背骨を突き抜けた痛美な衝撃に振りたくられた腰がレズ相手の肉芽と鬼気迫る鍔迫り合いを展開した。肉襞の隅々まで側面の舌に舐め嬲られていく恍惚におもらし。肌が茹だって紅く上気していく。
「あらあら、シェリスったら激しいわ！　私の方が貪られてしまいそう！」
　――グブモォォォォォォォッッッン!!
　歓喜の吠え声を上げた怪物が、女殺しの歯回転モップを噛み合わせる。無数の竹毛触手が、牝二匹の女体を欲望に塗れた猥褻な涎を垂らす裁断機の間へ運び、回転数を最大にした。
　――グッチャグッチャグッチャ!!　ギュラララララララッッッ!!!
「あ……っ、あ――――ッ!!　きゅガあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっっっ!!」
「ふふ……うふふふふふふふ!!　いいわよーぉ、先に翔んじゃって!!」
　肌で弾けた悦楽の高波が身体の中でぶつかり合い増幅されていく。まるで鉄の缶の中に無数のピンボールを放って永遠に激突を続けさせるかのようだ。表面を叩く甲高い音が、そのまま少女を一個の炸薬に変えていく快感のうねり。骨に響き、意識が淫らに染まる。
　慣れ親しんだ陥落を拒もうと首を左右に振りたくり、泡を吹いた唇の端から気高い魂の残滓じみた呼気を零す魔姫。腹部ドレスの交差した階段の如き赤い編み糸が狂おしげに捩られた。
「ひ……っ、ひん……ぅぅ、っ!!　ぅ……ぁ……う゛あああああああああっっっ!!!」
　粘稠な糸を引く卑液に塗れて二人の羽根がグッチャグチャと衝突し合う。堪りかねた怪物が口腔を欣喜に沸かせ、消化ホースの如く大量にペニスから精液を噴出させた。
　――……ジュク……ゥゥゥ――ゴバァァァァァッッッ!!!　ドクッッドクゥゥゥッッ!!
「ア゛ハ……ア゛ハハァァァァァ――――ッッッ!!!」
　狭隘な牝壺の中で質量と勢いが行き場を失い、メイルシュトロームと化す。胤に満ちた砲弾流に触れて膣壁が爆発的に燃え上がった。子宮口を中心にした渦が出口を目指して異形の肉棒を包み込み、飲精生物としての本性を剥き出しにした襞の収斂が奥へ奥へと引き摺り戻す。ミキサーの如き鬩ぎ合いの中で精子を染み込まされた粘膜が、目も眩まんばかりの本能の痺れを頽廃的な法悦へと昇華させて、蕩けるように揮発していった。
「フギャニャァァァァァァァァァッッッウゥゥゥゥ!!　ィヒャゥア゛ォォォォッッッ!!!」
　絶頂の詰まったバケツが破裂する。膣を埋め尽くす灼熱の激流に意識がホワイトアウト。
「ガ――――ァ――――ァ、ヒィィィ――ッッ!!　――クキィィィ――――ッッッ！」
　数瞬の刻を忘我の恍惚の中で吼えて過ごす少女の耳元で魔物喰らいが優しく囁いてくる。
「これからあの娘を犯すわ。淫乱なお前は、何の抵抗もせずに指を咥えて見ていることねーぇ？」
　見ればスクリーンに映った壜の中のランセリィは不愉快な光景を見まいと、自分から硝子に頭をぶつけて意識を途絶させていた。
「ハ――ァ……ぁ……ぁぁ……ぁ、っぐ……ぉ、……待ちぃぃぃ……っっ!!」
「――また来るわ。そして永遠に虐めて上げる」
　たった今まで肌を重ねていた女は幻の如く掻き消え、後には制止の腕を伸ばそうとした魔姫と猥轢の牝殺し、そして新たに寄ってきた怪物たちの影が残された。

　悪夢は望まずとも向こうから押し寄せてくる。
「お労しやランセリィ様。あのような雌豚にかかずらったばかりにかような目に……」
　魔少女の精神は、気が付くと何処とも知れぬ空間で見知らぬ貴婦人に頬を撫でられていた。それは左に歯車の飛び出した鍔広の帽子を被り、正方晶に目玉の封じられたイヤリングをした青白い肌の女性で、周囲では歯車ギア仕掛けの古風な機械が稼働している。
「申し遅れました……私は廃都の王の誕生から死する時にまで付き従う第一の眷属――」
「……お、王？　わたし王様？　一番偉い？」
　何が何やら分からないながら、胸躍る単語を聞いたランセリィの尻尾がパタパタと往復を始めた。心なしか頭頂に元気良く伸びた一房の毛髪も揺れている気がする。
「……左様で。名を語るも畏れ多い貴方様は我ら廃都の住人の統治者であらせられますれば、現世を崩滅せしめて、この虚構の世界を現の覇者へと導くお方に御座います……」
　続いて『君主不在時の寓悪都メルヘン・キーパー市の管理者』と名乗った女性は恭しく掌を引いてくる。
「強者への道は一日にして成らず。それを明日への糧と出来るならば、敗北も深く気に病むことはありますまい。この上は一度難を逃れて御身を休め、次に備えるが肝要かと」
　空間に丸く穴が開き、現実の街の往来が見える。と、促されるままに踏み出そうとしてランセは足を止めた。自分が今ここで現世に帰還したらシェリスはどうなるのだろう？
　疑問を伝えると、「かの者の呪具に我が力は及びませぬ故、残すことに」とのこと。
「……じゃあ、いいや。わたしは情の移った相手に、もうちょっと用事があるから」
　それを聞いた瞬間、鍔広帽の貴婦人の瞳が底冷えする光を放った。
「そのような戯言を申されては困ります……母を慕うなどと甘弱な心、ランセリィ様には不要。あの婢女に貴方様を引き留める価値などありはしません……」
「分からないなら、いいから独りで帰って。王様はあれを気に入っちゃったんだよ」
　廃都の眷属は立ち去らない。語気が強まり、腕を掴む力が強くなる。
「非情におなり下さい。よもや半端な牙しか持たぬ腑抜けと道を揃えるなどとは……?!」
「……わたしに逆らうの？　言わないけどさ、シェリスとは考え違うもん。だけど残る」
　返答は首に伸びた指だった。細い喉に食い込んでくる、明らかな殺意と敵意。駆動する機械の暗がりから、肉のヘドロを被った畸形が無数に湧いて出て、周りを包囲してくる。
「王とは臣下に祀られて初めて完成する物と認識なさいませ。奉ずるべき価値観は我々が決める。貴方は何も考えず、ただ力を振るえば良い。意に沿わぬ行動を取るならば……」
（あ～あ、怪しいとは思ったんだ。やっぱりこうなるかぁ……）
　気道が潰れていく感触を味わいながら、ランセリィは口の端をニ゛ィッと吊り上げた。
「消、え……ろ」
　ゴッ!!　視界が白く燃え上がった。そのまま全てが灰になっていく。

「はぁい、お目覚めねー。シェリスのストリップ・ショーは、あれでお終い。続きを見たければマッチを身体で買って貰おうかしらっ」
　さらり、と衣擦れの音を立てて、ヴュゾフィアンカが時空の境界を越える。
　行き着いた先は廃都の中央に聳える鐘楼。四角錐形の屋根の上。色の濃淡の違う長方形の煉瓦が隙間無く敷き詰められ、頂点には巨大な避雷針が亭々と立ち、四方の端には鉤爪が一本ずつ高く伸びて天に挑んでいた。
「面白い世界を創るのねー。色んな所に出られてとっても便利、でも行きたい所に行けなくてとっても不便。今頃シェリスのお供連中が右往左往しているのを想像すると、楽しくてしょうがないわ！」
　キュポンと壜のコルク栓が抜かれると、片栗粉を水に溶いたような靄が湧き、中身が実体化する。夢から覚めたランセリィは、八畳はある屋根の一斜面に不自然な体勢で解放されて、靴を滑らせ尻餅をつき腰を打ってしまった。
（だ、だいたいシェリスエルネスも悪いや。勝手に首を突っ込んできて、勝手によがり狂っちゃってさ。あんな母親要らない、とっとと別のを探そう……！）
　なのに身を焦がす怒りに反して、もう手足の感覚が薄い。辛うじて思考が明瞭なのは、身体が重要度を知っていて活力を最優先で回しているからだろう。煉瓦の滑り台からずり落ちないようにするのが精一杯で、お尻と踵で摩擦に縋り、爪を斑模様の僅かな隙間に突き立てていたら、顎に手をかけられて優しく摩られた。
「それで御機嫌は如何、プリンセス・ランセリィ？　お母さん消えちゃって悲しーぃ？」
「まさか。粗大ゴミを持って行って貰ってすっきりした気分だよ」
　口の端を吊り上げて尖った八重歯を覗かせると、緩く微笑まれて腕を指差された。
「じゃぁ、なんでそんなに腕が震えてるのーぉ？」
「……寒いからさ、ここ」
「あっは、じゃぁ、暖めてあげる！」
　掌を叩いて擦り寄って来たゾフィアを睨み、少女は側に転がっていた銀製の長剣の柄に己の尻尾を巻きつけた。それで相手の首筋に奇襲を仕掛けてやる算段だ。しかし。
「く……くのっ……くぅのぉぉぉ……っ！」
　――ズズル……ズズル……と、およそ華麗さとは程遠い、耳障りな音が響く。力が入らず剣身を引き摺るだけで一苦労。挙句、滑った金属塊の重みで自分が下に落ちそうになる始末。やがて力尽き、無銘の錦銀と名付けた武器は持ち手を放されて斜面から落下していった。仔猫の足掻きの末路を楽しそうに見送って、淑女が濃紫の肩背ケープマント套で包んでくる。
「可愛いからお前の全てを踏み躙ってあげるわねぇ。誕生の歓喜はやがて悲嘆に溺れ、現世の悦楽に塗れて温闇ぬるやみの胎盤へ。それはさながら滝のよう。宿運たる垂直落下のジェットコースター。この世は修羅が争う蠱毒の壷の如し。……お前はいつまで頑張れる？」
「いつまでもだよ。……自分の絶望を人に押し付けるのはどうかと思うよ」
「私は絶望なんてしていない、この世に生まれて寧ろ楽しいぐらいだわ？　苦衆の悶える様を楽しく蒐集し、蝕呪を以って世界を征するのがこの私。とても前向きなのよ」
　首筋に埋まってきた顔が幸せな童女の如くクスリと笑声を漏らした。ただでさえ切れ長の瞳を更に細めて。
「お母さんは負けちゃったわよー？　あれだけやれば自分がどれだけ浅ましい雌犬なのか自覚できたでしょうから、今度はお前に、自分は特別なんかじゃない、ただの女の子なんだって教えてあげる。二人揃って負け犬になった所で、仲良く恋人のカードに封印してあげるわ。私の征路の礎になりなさいねぇ？」
「……シェリスは負けてないさ。わたしの母親は狂犬なんだ。自分より大きな物にしか興味を示さないから、お前なんか本気で相手にして貰えなかっただけ」
「あらそうね、とばっちりで陵辱されて、ここまで言われては可哀想かしら？　私が勝ったのはお前だったわ、いきがって挑んで無様に負けて人質になんてなっちゃったお前だったわね！　親を越えたい想いは露と消え、あぁ、なんて、あ・わ・れ！」
　ほっぺたをつんと突かれたランセは起き上がろうとしては脱力し、ぺたりとへたり込む。
（くっそ、言う通りだ。わたしこそ、こいつに負けられないんだ……っ）
興奮した途端、ズキリと心臓が悲鳴を上げた。皮肉っぽい風貌に脂汗が浮かぶ。尻尾どころか指一本動かそうとするだけで、四肢を襲ってきた激痛に身が千切れそうになる。
「は……ぁ……が――っ！　あ、ぅ……ぐ…………っ！　ぅぅぅぅぅ――っっ！」
「あららぁ、都合が悪くなると発作かしらー？」
　嗜虐的な熱狂を宿す冷酷な視線が、勾玉の如く身を折り曲げて瓦に苦悶を吐き出す敗残者の小さな背中や、力なく垂れて痙攣する羽の煤けた命の燃え滓の消炭色に降り嘗め注ぐ。
「う゛、るさ……っぐっ……っぅぎ……っ」
　引き絞られる胸の動悸に合わせて震える、泣く様にしっとりと濡れた黒髪。モノトーンの彩りを添える銀環カチューシャや額に掛かる角サークレット・ホーンが、活発に外跳ねたベリーショートの少女が大きく口を開けて喘ぐと同時に、細かく角度を変える。無力さを嘲って無慈悲な傍観者が頭を撫でてくると、俯いて長い前髪に隠された瞳が野犬の獰猛な光を滾らせた。
　胡桃を上下に引っ張って延ばし眦を吊り上げたような瓶かめに意志の蒼炎が燃え上がる。しかし生体反応は堪えようが無く、溢れてきた涙にかき消されてしまった。突き出した舌を伝って唾液がボタボタと零れて行く。
「あ゛…………あ゛、ぁぁぁ゛…………はぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っっっ！」
　魔神ギルバによって仕組まれた、魔姫シェリスエルネスと人間の女退魔師、木戸茜との異常な交配によって誕生させられた彼女は生命体として極めてアンバランスだった。高い魔力に反して虚弱そのものの肉体は、その出力に耐え切れない。奇跡的に保っていた両者の均衡がヴュゾフィアンカとの戦いで破壊された今、少しでも魔力が昂ぶると、「貴様は脆弱として生きろ」と摂理が頭を押さえつけに来るのだ。辛うじて命を繋いでいた母親の治癒術も効果が切れかけている。しかしランセリィは別段、その事には焦らなかった。
（い、いらない、や……。元々、ゾフィアとの勝負には無かった筈の物なんだ……っ）
「っふふ、素敵。まだ何か出来るつもりでいるのね？」
　両膝を突いて極端に身を屈めた隠靡な淑女が、下から顔を覗き上げてきた。両掌で頬を挟まれ、目元を舐められる。塩味を堪能する紅い舌が鼻梁へと、白鐸の頬に這い痕を。
「精々、抗って。私が気持ちいいことを一杯して、その瞳の輝きを奪ってあげる」
「ん……む?!」
　気の強そうにつんと尖った小高い鼻梁に狼髪のウルフテール彫りの深い峰が重なりを無理強いした。潤みの底に沈んでいた蒼瞳が驚愕で見開かれ、気づいた時には紅真珠の唇を塞がれている。
「く……ぁぷ……！」閂が掛けられる前に扉に生じていた隙間を肉の篦がこじ開ける。口惜しいことに、不埒な侵犯者を締め出すだけの力が少女には残されていない。
「……っぁ、っ、ぁ゛……！　ふぐ、ぅぅぅむ゛っ、～～～っ――――!!」
　か弱く震える手負いの口腔に、体温の違う異物がぬっと突き出された。ゾフィア盗賊の舌がランセの守衛舌を寝かせると、九十度回転で大人と子供のサイズ違いの唇吻が噛み合わされる。凹凸を嵌めてパイプを確保した所で始まる送風。歯裏を撫でていく香淫の吐息。咽頭に溜まっていく爛熟した甘い気圧に負けて息を吸う。肺が満杯にされて痛くなったので促されるままに吐き出すと、奇妙なくらいあっさり鴉翼の銀髪がそれを受け入れた。
（わたし……こいつに、肺を犯されてる……！）
　シェルピンクのお猪口のような頬の輪郭に、そう思うと悔し涙が止めどない。
「っふぅぅぁぁっ、ちゅむ、ん……っふふ！　素直ね……良い子……ッ」
「……う、ぅぅぅ……ぁ゛、ぁぁ……っ！」
　星羚羊皮の固定具に捕らえられた少女は上体を起こさせられ、脱力する両腕を糸の切れた操り人形みたいに垂れ下げる。華奢な喉元に巻いた、男性的に尖ったシャツ襟風の漆カラー・チョーカー黒が気道の循環に合わせて痙攣した。首から提げた黄色い三日月のペンダントは粘膜の接合の度に左右に揺れる。その内、奇妙なことに気がついた。吐息が交換されると、春を迎えるように肺に温もりが広がり、左胸の動悸が鎮まって行くのだ。魔術を息に乗せ一時的に肉体を強化されている。そう理解した途端、凄まじい拒絶心が爆発した。
「ふぁ……やめ゛ろ……っっ！」
　背筋を跳ねさせ斜面にぶつかるのも構わず飛び起された頭にゾフィアの手が追いすがり、何か叫ぼうとした顎を力を荒げて鷲掴む。他者を自分に従えずにはおかない、そんな傲慢な力加減に引き寄せられ、今度は上向きに唇を奪われた。皇帝紫のロイヤルパープルルージュが移ってくる。無理矢理開かされた口腔を凌辱の蛭に這い回られる淫らな湿汁感のヌメリ。
「ん、ふ……っ、何を嫌がっているのかしら？　私が命を助けてあげるというのよ？」
「んぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!　フぐぅっ！　ふぐっ、ふゥ゛ぅぅっっ！」
　なけなしの力を振り絞って突き飛ばそうと暴れる小柄な体躯を呑み込んで、肩背套が覆い被さった。胴を締め上げられ花弁の吻合を強いられると、背筋が凍える冷気と胸を焼く熱狂が咽頭を越えて行く。まるで肉体を目の前の憎い女に支配されたような汚辱感と、苦痛から解放される快美感――。「ぅん、ふ……」と瞳を細めたヴュゾフィアンカが唇を擦り付けてくると、痒みが痺れに昇華していく。意志とは裏腹に身体が喜んでしまい、心の片隅に強引さを言い訳にしてこの行為を受け入れようとする弱さを見つけてしまう。
「……ん……ぁ……は……っ。……はぁぅ……はぅ――――む゛っ、や、やぁぁっ！」
　シーソーゲームは続く。それは互いの吐息の温もりを螺旋に高めて身を焦がさせる情欲の契り。肉の匙がさらさらした少女の雫と、トロリとした女の果液を混ぜる。ランセの舌が上がろうとしては、もう片方に頭を押さえられて、ブレンドされた芳酒に沈められた。
　――チュプ……ッ……パ！　ハァ……ンァァ……ム……ゥ……チュ……ッッ。
　電流切れの換気扇じみた緩慢な旋回に舌を絡み取られていく。その合間にゾフィアが唾液を掬い上げては、肉壁や歯のエナメル質に塗りつけてきた。卑猥に濡れ光る二匹の様はシロップでコーティングされた苺とキャロットグラッセ。窒息間近の魅惑の饗宴に淑女が酔い痴れ、幼い魔属もまた官能的な痺れの洗礼を浴びて、花弁に似た満開の瞳に波紋を広げていく。
「……ん、ん……っ！　や、やめ、っぅ……ひむ゛……っ……んふうう゛ぅぅぅぅっっ！」
　果糖酒リキュールの酩酊感に、啄まれる舌の根元がカッと沸騰した。煮えた砂糖味の猛毒に味蕾を無防備に蕩かされ、蛞蝓の交配の如く赤肉を融合させられる。肉体から苦悶の強張りが抜けていく代わりに、斜面に押しつけられた小桃のお尻が警戒心も露わに竦められた。
（やだっ、シェリスみたいにされる……？）
　瞼が瞳孔を挟んで細まり、屈辱の呼気の杯が傾けられる。外套の端を掴んだ拳が抗って何度も布を引くが、繊維に綻びを作る力すら入っていない。彼女の想像以上に肉体の渇乏は深刻で、弱々しいその様は雛鳥が親に餌を強請っているようにすら見えてしまう。
「く――ぅ、ァ――っの！　はっ……んはっ――！　こ、この女――殺してやるっっ!!」
　穢された――！　爛れた卑猥な灼熱で胸が不快に疼く。漸く解放された時、そう思った。
「っふふ、無力さを痛感しなさい。負けたお前は意地を張る事さえ許されないの！」
　掌で包んだワイングラスを転がすように、頤を撫で回される。憎悪のあまり燃え立つ顔を眺めてくるのは、所有物の烙印を押した美術品を鑑賞するコレクターの目だった。
「ファーストキッスを奪われた気分は如何かしらぁ？　これからは私がお前のママよ。発作が起きる度にこうやって、口移しの術で身体を補強してあげる。どんなに嫌でも自殺なんか出来ないわよねーぇ？　この中に取り戻したい本物のお母さんがいるんだもの！」
　窓硝子越しに見るような不鮮明な偽りの夜空に、左指に摘まれた占札が軽やかに踊る。
　銀袮の玄裳ゴシックドレスを仰向けに押し倒した菫の君が、顔を近づけ至近距離で目を見開いてきた。
「さーぁ、ゲームを始めましょう！　私は力を使わない、屋根の上から逃げもしない。だから、中でシェリスがどうにかされる前にこのカードを奪ってみなさい？」
　力無く倒れ伏し未だ緩慢にしか動けない彼女では、奪い取ることは不可能に等しい。が。
「ふ……ぅ……フゥゥゥゥ゛ゥゥゥッッ!!」
（それを分かって言ってるんだよね……っ。……いいさ、鼻を明かしてやる！）
　背徳の残り香に肺を憤らせる少女の中で、生来の負けん気の強さが頭を擡げた。腕力は通常の十分の一以下。他の能力は使用不能。しかし、相手が腕の届く範囲に居さえすれば、チャンスは幾らでもある。
「……飛ぶのも無しだよ。両足を屋根に付けてること」
　ついでに隙があれば殺そう。意欲的に八重歯を覗かせた少女は、自分からも顔を近づけて受けて立つとばかりに睨み返しながら、早速、頭で相手の視界を封じて右腕を伸ばした。
「おっと、見え見えよぅ」
　ゾフィアが左腕を引いて、失敗。空振りして崩れたバランスを直せずに、生まれてこの方脅威に思ったことなど無かった重力に捕らわれ背中を屋根の斜面に押しつけた。やはり難しい。腹筋も弛緩して無力なら、腕の神経も鈍麻していて思う速度の欠片も出ていない。
（くっ……せめて隙を作らないと話にならないよ……！）
「どうしたのーぉ？　これはここよ？」
　道化じみた笑顔に腹が立つ。一時傾斜に身を預け、爪で引っ掻いてやろうかと考えていると、隣に右手が突かれて四つん這いに近い形で奢靡な淑女が覆い被さってきた。
　淫蕩な笑顔が鮮烈なキスを思い起こさせて、背筋がゾクリとした。
「綺麗なお洋服ねー？」
ランセリィの纏うのは、二層から成る黒銀の華美なドレスだ。素肌に直接着けるのは、起伏の薄い胸から眩い太股までを覆うミニのジャンパー・スカート・タイプ胴腰一体の、石板色のスレートグレイ肩無しネグリジェ。対になって外側から嵌める、重ね纏い用のオーバードレス装束は亡月夜の彩りムーンレス・ブラックで、コルセットを中核にして、前の開いた布ショートスカート鎧と、巾着状に肩をパフ・膨らませ、鞘の如くぴちりと細腕をシース・スリーブ包む筒状の袖が繋がっていた。肩や腰には銀糸がX字を連ねるように縫い施されていて、先端が蝶々結びになっている。
　首周りは外気に晒されていて、うなじから胸元にかけて入ったスクエアカットから覗く蝋燭の肌が艶かしい。その正面、鎖骨の合流する中央にカードの角が垂直に当てられた。
　――スッ。と、札が音も無く下に引かれる。同時に銀袮の玄裳ゴシックドレスが正中線に沿って真直に裂かれた。海が割れるようにして、黒い生地から白く平らな肌が露出する。
「………………ぅぁ……」
　純白のミルクを流し込んで固めたような、僅かに尖った隆起しかない儚い幼身だった。上空を吹く風が、洗い立てのシーツのように真っ新な胸部を撫ぜていく。
　魔性漂う闇アダルティ・ダークのブラジャーは涙滴型で、チューリップの花びら状の布が二枚、両側から目隠しをしている。華奢な肩線にショルダーライン紐を伸ばすそれの中央寄りの、まだ角度の浅い谷の部分はレース造りで透けていて、若芽の肌の匂い立つ芳香を燻らせていた。
　もう一度、長方形の隅が引かれると、未熟な果実を覆うアイマスクまでもが接合を断たれて、旗を降ろすようにスルリと脇の下に滑り落ちてしまう。
（く、ぅぅぅぅっ、シェリスや茜に見せるならまだしも……！）
「――罪を犯す悦びの味をこの未熟な肢体に教えてあげるわぁ……」
　露わに暴かれた丘陵の、ほんのり滲んだ薄紅色の輪の中心に、直径数ミリのサクランボが緊張で硬くなって収まっていた。ヴュゾフィアンカの粘着質な視線に這われると、汚れた感触に拒絶の静電気が上半身を駆け登る。
「……た、ただ見禁止……」
　強がる競技者の衣装に臍の下まで入れられたスリットは、鋭角的なトライアングルから肌を晒す。ランセの眼に追われながら触れてきたゾフィアの指が横に振られると、書物のページを捲るように切れ込みが割り開かれ、緩やかに息づく裸身にそっと右掌の手套が添えられた。く、と息を飲んで呼吸を止めた下腹部に着地し、触感を舐めるように味わいながらゆっくりと胴を摩り上がってくる。
「っ……ひゃん……っぁ……」
　身じろぎした腹部はまだ柔らかく、白味噌の練り餡もかくや。上等な生八ツ橋を、女の指跡を遺すように押されると、それが通過した後も痛痒な感覚がいつまでも残留して、身体を他人に侵される恐怖を植え付けてくる。戦く撫で腰の臍の形は錠前の鍵穴じみた小さな物で、窪みに石膏色の手袋ガンの瀟洒な環指が潜ってくると、嫌悪感とくすぐったさがしゃっくりになって喉に固まりを押し上げた。腹孔や肌の裏側で疼き蟲が巣を作り始める。
「っ……っふ……ぁ…………ぁく……っ……ふ――――――っ！」
「ほらほら、どうしたのぅ、お前は他人に裸を触られて感じてしまう変態なのかしら？」
「そっ、っぁ、そっちの手付きがっ、気色悪すぎるんだよ……っ！」
　そもそも人と接触したことすら数える程しかない少女の肌は、まだまだ刺激に弱い。純水に紅い雫を垂らすが如く、軽いタッチが白紙に興奮の色を乗せていく。
　――スシュ……ッ。
「――きゅ、ん!!　……く……っ」
　葡萄の皮を剥むくように残った衣裳を剥はがされる感触に、不慣れな少女の肢体が硬直した。
　ペロリと舌なめずる淑女に対し、歯を食い縛って睨む少女はしかし、機を伺って自由な両手を身体の横に置いたまま、決して動かそうとしない。握られた拳が震えるのみだ。
　その腿の膨らみから腋窩までは微妙なカーブを描きつつ一本化したスリムラインで、乳房の麓や臍の脇を辛うじて覆う布の残骸に守られて息を潜めていた。先達の責め掌が差し入ってくると天鵞絨ビロードの感触がする。横腹から肋骨にかけてを媚猥に這い回られる。
「魔界の社交界で少しは鍛えたこの手管……涙が枯れるまでよがらせてあげるわねぇ！」
　守護者を排除されていく肌が、官能の壺を次々と押されて解剖台の上で身じろぎをする。その胴脇は脂肪層の薄い鏡面の如き滑沢さで、皮膚の丸みに合わせて屈曲された掌が薄肌を一枚一枚殺いでいくような愛撫を加えてくると、裸にされた神経に背徳の蜜を塗りたくられる悍ましい甘美さが体躯を衝いた。
「ひゃっ、ぁぁん……っ！　に゛、に゛ぅぅぅぅ……っ！　ぁ、ぁう、ぁぅ……っ！」
　チェロ型の腰が屋根の斜面で身悶える。
「んふふ、服なんて自分の醜い姿を恥じて着る物だけど、お前には必要ないじゃない。それともこうやって隠して、私みたいのを誘っているのかしら？」
　ぐっと掴まれた脇腹の肋は、整然と並んだパイプオルガンの筒を豪奢な絹布で覆った佇まいを見せ、痩肥の境を極めた理想型。硬い骨の形を確かめるかのように指先が皮膚に食い込んでくると、心臓を直接揉み込まれるような不安感で、対戦相手の左手の挙動を横目で伺っていた蒼瞳に細波が走る。隙間の輪郭をなぞられれば死体愛好者的な情念が臓器に触れてきて、頽廃的な快楽で肺腑を蕩かせてくる。鍵盤を弾くように肋骨を打たれると爪先までそれが反響し、擽りじみた突痒感に沸いて屋根瓦を蹴弾く勢いで肢体が踊り狂った。
「っ！　……み……ぃ……ぅ……っ！」
「子供の身体って柔らかくていいわねーぇ！　んー！　ソフト＆コンパクト!!」
　鴇色に紅潮した若芽の腹肌に銀髪の額と鼻が押しつけられ、薄汗の芳香を吸い上げる。
「……は、はひゃっ?!　や、やぁぁぁっっ！　きゅおっ――ふぁうぁぁぁぁぁっっ！」
　喉まで這い上がってきた疼き蟲の群れが拍手の如く快楽を打ち鳴らし咽頭を摩ってくる。
「く、ひ……！　……ぅっく……ふぅぅぅ……ぅぅ……っっ！　っ……～～～～っ、調子に乗るなぁぁっっ！」
　殆どフックの勢いで手を伸ばしたが、幻惑する蝶々のようにひらりと躱されてしまった。
「こ、このぉっ！」
　慎ましい起伏の肉は思い切り肩を動かしても寄ることがなかった。うっすらと汗で湿った様は雨上がりのブロンズ像。恥辱に対する抵抗心が彼女の生気を呼び覚ましていて、内側から光沢を放つかのような艶めかしさだ。精巧な平面に揃えられた五本指が蛇舌の如く二股に人差し指と中指を分け、ピンク色の尖塔を飲み込んだ。強張った粒を挟んだまま、それ以外の指を使ってホワイトの丘を耕すように揉んでくる。
「ふぁ――はぁぅ……っ、ま、負けるか、こんなの、初めてだから少し驚いただけっ！」
　虚勢を張る桜色のゼリービーンズが、残酷なほど柔らかいベルベットの鋏に扱かれて、徐々に蕩かされていく。執拗に撫で回されると、ゾフィアの掌から滲み出る得体の知れない甘い泥が嫌悪感で過敏になった神経を侵し、胸部に浸透してくるようだった。
「感じているわねーぇ。隠そうとしても無駄、体温がこんなに上がっているものぉ？」
　指摘されて思わず「くっ」と右を向く。首筋がうっすら紅潮し、横顔が屈辱と羞恥で真っ赤になっていく。人魔両者の血を継ぐランセの耳は長さこそ中庸であったが、攻撃的に尖っている様子は、断面が三角になっている刺突用の短スティレット刀の趣だ。羊皮紙を触れさせれば斬れそうな程の殺気を漲らせて威厳を保とうとする半尖りの耳ダガー・イヤーに……享楽遊戯の淑女が舌を巻き付け、チュッと唇で吸ってきた。「ふぃっ？」と驚く少女を押さえ込み、耳道に深々と柔肉が挿し込まれる。左掌が反対側に回り、カードと一緒に耳朶も摘んできた。
「ひゃっ、ひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
　まるで捕食だ。中身を啜る舌が渦巻き貝の裏側をなぞり潜り降りてくる。かと思えば白刃に絡みついてきて存分に嫌々をさせられた最後にカプリと噛まれ、尖り耳が網に絡め取られた小鳥の如く痙攣した。相手に頬を向けたまま口腔を大きく開けて八重歯を覗かせる少女。胸に粘着質な愛撫を降り注がれると、ドクンと卑猥な血が巡りニプルが勃っていく。
「時間が経つとどんどん行為がエスカレートするわよぉ？」
　焦って左右に銀鐶をカチューシャ振りながら、両手で頭を引っ掻くようにして札の奪取に挑むが、角の下敷きにされていて上手くいかない。そして今度は敵の左手が首から下がってくる。
　損壊免れしドレスの腰。一層目の寝間着風衣裳ティアード・ネグリジェがアッシュフリルの極光オーロラを重ね、二層目の覆宝纏がオーバードレス草花の萼みたいに開いた夜の帳色のショートスカート外装を被せる様は、黒薔薇が逆さに咲いた景観だ。そこに蜜を探る白蜂が潜り込み、お尻を撫でられてランセリィは思わず仰け反った。
「ふにひゃっ、どこ触って……っ！」
　灰華フリルから伸びる箆鹿の仔を思わせる眩しい脚線が、右内腿に恋人の札を添えられて伝わってきた矩形の異様な熱に戦慄いて、深淵の革靴の爪先をハの字にする。太股半ばから履かれた漆黒のオーバーニーソックスには乙女味の分泌液が染み始め、銀に燦めく糸を甲と踵からソックスに巻かれて踝の上で蝶蝶型に結ばれた足に、危うい痙攣の漣が走った。
「ほら、熱いでしょう？　私もこの子もお前に触って興奮しているのよー？」
　同時にスカートの雲海に左腕が沈んできて、その奥の青い双丘の丸みを可愛がってきた。まだ多分に硬さの残る果実にぴたりと張り付くショーツの落ち込みを繊手の蟲が這う。さわさわと蠢動されると、毛穴からじとりと嫌な汗を噴き出させる微震が脊梁を駆け昇る。
「きゅぃっ！　ひぁ、ぁみにぁやぁ……っ、こっ、この――痴女！」
　白手袋ショーティに乗った小振りなお盆二つが、卑猥な食器棚から逃げ出そうとぐらぐら揺れた。
　右腕一本で鯖折りを喰らう少女の下履きは、サイドに薔薇の刺繍が連なったアダルトな物で、石墨色が妖艶な魅彩を放っている。その和紙にも匹敵する滑らかな生地でサーフィンされて、臀部の海峡に布を沿い付かせるようにして揉み込まれると感じるのは、バスタブにそこだけ浸したかのような奇妙な高揚感。尻たぶの溝をじっくりと探検されると、むず痒さに腰が迫り上がってしまい、窄まった菊皺の一枚一枚が熱を孕む。
「こっの、変態変態っ、ド変態っっ！　刑務所で横縞タイツ着て男囚の慰み者になっちゃえぇぇぇぇぇっっっ！」
　鳩尾に頬擦りしてくるゾフィアの頭を殴りつけるが、小指を肛門のおちょぼ口に入れられると、襲ってきた妖しい悦感にきゅっと身を縮こまらせて勢いを無くしてしまった。
「んひゃぁっ?!　は、く――――ッ！」
　占札を摘む指の隙を伺って狸寝入りしていた黒い尻尾が飛び起きた。両手を後ろに回してスカートの上から横暴な手を押さえるが、あまり効果はない。アナルに第二関節まで潜り込んだ小指が、鉤型に曲がって括約筋をマッサージしてくると、マッチ棒を擦るような悶惑がリング状に広がって、快楽に掬われた尾

骨の泥鰌が悩ましげにくねらされる。
「ん……っ、ぁん～～ぅ！　うくぁやぁぁぁ！　し、尻尾が動いちゃう……っ！」
　タロットカードに跨るような格好で、ランセリィは肉層の慎ましい腰を前後に揺すり立てた。黒薔薇スカートの中が熱い。ゾフィアの半分握られた左拳は人差し指と中指で札を摘み、小指一本で少女の澄ましたアナルを責めているのだが、襲ってくる感覚をどう形容すれば良いのだろうか。紡毛が指の形にへこんで関節を出し入れする悍ましさと言ったら直腸内に脱皮してくる芋虫のようで、嫌悪感がプラスされれば、まるで海坊主の出し入れだった。
「……ぁ、ぉ……ォォ……ッッ！」
　肛虐の小指を根元まで突き込まれると、大砲を撃ち込まれるのに匹敵する衝撃に腰が迫り出した。ガクガクと震えた膝が駄々っ子みたいになり、重心の掛かった革靴の踵が斜面を叩いては滑る。
「ひぃやっん！　っ、ふ、ぅぅ……ッかぁぁぁぁぁ……っっ！」
　金魚の口みたいなアヌスが意に反してキュッと内向きに締まってしまう。
「お前のこっちはどんな具合なのかしら。初めてをくれなかったつれない親友の代わりに傷心の私を慰めてくれる？」
　蹴飛ばそうとした細い脚を巧みにいなして、情熱的な両膝が股間に割り入ってくる。瑠璃紺の円錐サーキュラー・スカートから生えた蛇頭の尻尾がピンと真上に伸び、ショーツ目掛けてカーブを描いて落下した。狙うは陰阜の膨らみ。パシン！　と船底部を叩かれたランセリィは本格的な貞操の危機を感じて、真珠色の内腿にじとりと汗の雫を伝わらせる。
「ちょっと……まさか……!!」
　突き出た鼻先で、つんつん、と盛り丘を突かれると、儚い腰に妖しい戦きが走る。少女の自身はクッションになれるほど発育は良くなく感触はマット遊び。まだ多分に硬さの残る恥部にぴたりと張り付くショーツの上を、躾足らずの瘤じみたハブが転がり、太さと逞しい鱗で皺の波紋を作っていく。
「何よ、目の前に初々しい御馳走をぶら下げられてる時に、もしかして我慢を知っていろだなんて言うんじゃないでしょうねーぇ?!」
　幾ら何でも目に余り、蛇を掴んで止めようとしたが、飼い主にタックルのようにしがみつかれている所為で、遮られて手が届かない。しかも、指で下穿きをずらされてしまった。
（くそぅ、調子に乗ってるや！　だけど、そうだ……もっと油断しちゃえ……！　変態行為に夢中になってゲームのことなんか忘れちゃえっ！）
　抜け目ない輝きを秘めたランセリィの蒼瞳に映される鴉翼の淑女は、軽く見過ぎている。腰下が獰猛な銛尻尾の制空権であることを。
（っ……でも……気持ち悪い……身体を好き勝手にされるの……。……悪寒が鎮まってくれない。陵辱されるって……こういうことなんだ……）
　一度も使われた事のない脚の付け根は無毛で、白粘土を少し寄せ捏ねたように盛っているのみ。篦へらで線を入れられたが如き、とば口の未発達の陰唇は重なった大小の見分けが付かず、白身魚の薄切りのようだ。ほんのり赤く、羞恥で熱を帯びているその秘裂を、ひやりとした細い物がちろちろと擽ってくる。閉じた階層を暴くように縦筋を往復されると、刺激的な温度の落差が少女の腰を打ち、堪らず身じろぎさせた。
「く……ふ……っ……っぁ」
　実は深い亀裂に二叉に分かれた舌がゆっくりと挿し込まれる。反射的に締まった肉溝は、しかし続く空豆の湾曲を見せる頭部が螺釘回しの動きを見せると道を譲らざるを得ない。
（は、入ってくる……わたしの中にヴュゾフィアンカの身体の一部が――っ）
　望まぬ他人の異物が体内に侵入してくる。その忌避感も露わなランセリィの顔を、ダウナー系の微笑みを浮かべる気の触れた淑女が覗き込んできた。
「さぁ、必死に抗って、私を極上の美酒で酔わせて！　お前は煌月石、その輝きを支える想いが強ければ強いほど最後は激しく砕け散る！　気高く

き絶望し抵抗を止めるその時まで、過程も結果も全てが我が歓喜！　さーぁ、力を抜かないと痛いわよぉ……っ!!」
「ご、ごちゃごちゃ五月蠅いやいっ、ぁひ……！　ふゃあああぅ、ぅやっ、やああぁぁぁっっ、そこ、巣穴じゃないんだからぁぁ！　主人の穴にでも帰れっ、この淫具爬虫類！」
　幼い切れ込みが菱形に開かれた。粘膜の隧道に、雄々しい緑鱗を重ねたスペードの穂先が潜り込んでいく。冷血生物に内臓を直に触れられる感覚は、筆舌に尽くしがたい。
「んんっく……！」
　流石に生娘の不安を抑え切れず瞼を閉じた少女の墳墓が荒らされていく。組み敷かれた腰を制圧する進行はやがて浅い袋小路で止まり、チロリと味わうように処女膜を舐められた。忠告に従わず反抗的に内腿に力を込める彼女に、ゾフィアが静かに笑いかけてくる。
「宝石が一番輝く時ってね、かけがえの無いそれが砕けて失われる瞬間なの。でも消えることを怖がらないでいいわ。その閃光は私の魂と『蠢く貪欲』グリーディ・タロットに刻みつけられるのだから。屈服させて封じたお前達を見れば、私は何時だってこの手応えを思い出せる――!!」
　拒絶心を漲らせて硬化する生後二日のサテンが、杭を押し込まれて窪み張る。懸命な防戦は、夜店の金魚掬いの網の如し。ズグリと大蛇が突き立った瞬間、腰の裂ける鋭い痛み。
「ぁ……っぎいいいぃぃぃぃぃぃっっ！　ひがっ、があア゛あぁぁァァァッッッ!!」
　まるで寸法の合わない鞘に刀を納めるかのようだった。メキメキと生木を折るような音がして、侵略者が骨格を軋ませてくる。
「んぎっ、ひぎいいい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!　っ、っ～～～～ッッッ！」
　たちまち下瞼に熱い涙が溢れたが、すぐに情けない声を飲み込んで歯を食い縛った。
（く、そ、悲鳴なんか、あげるもんか……ッ！）
　反射的に閉じそうになる眼を意を決して開き、敵を睨む。
「ふっ――――――ふぅぅっく――――――ふぅう゛ぅぅぅぅぅぅ――――――っっ!!」
　背筋を反らし、煉瓦を踵で叩いてフォールを受けたレスラーみたいに脚をばたつかせる。山の如く感じる激痛と圧迫感を何とか凌ごうと、無意識に両腿が開いてしまっていた。
「あっは、凄く情けない格好ねぇ?!」
「く、くひ……っ、お、お前のお腹が邪魔なだ……ぁ、ぁっん……けはきゅっっ!!」
　仄かな発情の脂汗を吸って滋味を増したオーバーニーは、脹ら脛や臑のチェス駒の如く流線的なラインを、ベンチプレスのように両脇に投げ出している。効果に気を良くしたゾフィアが、もっと激しく冷血動物の張り型を動かそうと前に身を乗り出した刹那――。
「は、はあっぅ゛……、っ、バッ、バーカッ！　捕まえたよっっ！」
　暴威に喘いでいたランセはしかし、その隙を見逃さなかった。揺らめいていた蒼瞳が鋭く光り、なけなしの力を振り絞った悪魔尻尾ハープーンが電光石火の閃きを見せる。万感の恨みを篭めたそれは注意の綻び縫って俊敏に占札タロットの表面を何往復もし、十字に荷物を括ったかと思うと、銛の返しを錨の如く黒綱に引っ掛けて容易には外れないように固定してしまった。
「…………やった…………ッッッ!!　間ぁ抜け、間抜けっ！　色狂いっっ！」
　たったの一瞬。それだけで立場は一転し、少女のやんちゃな尾が握り締めているカードをゾフィアの左指が奪取せんとしている形になってしまった。
「むぅ、油断しちゃったわー？　本当、シェリスと同じで尻尾癖の悪い……」
　余裕の淑女が右腕の鯖折りを解いて、それを黒尻尾との争奪戦に加えようと――、
「甘い！　わたしをシェリス並みだと思ったらとことん甘い！」
　瞬間、その手を掬い取ったランセリィは、両腕で渾身の関節技を掛けていた。
（己の左手で相手の右手首を掴み、鶏の手羽を吊るように高々と上げさせる。そこで自分の右手にタッチ、ここが肝心、相手の親指が頭の　　後ろに来るようにしながら、右掌で右手首をがっちり掴んで、相手の肘を自分の首筋に当てながら、一気に右横に倒す――！）
　首で右腕をバックブリーカー。乱暴に腕を極められた犠牲者の鴉翼が膠で固めたように硬直する。瞬きの後、尖塔の鐘が揺れそうなほどの苦悶が響いた。
「ぎ――！　ぃギギギギギギッッ!!　ちょっ、抗議するわ！　やり方っ、無茶苦茶ぁ!!」
　起き上がろうとする銀髪の頭を左肘で押さえつける。
「上手くいったねぇ！　賞金稼ぎのおじさんがさっ、こういうの好きでさ！」
　搾取した知識を有効活用した魔性の女帝が八重歯を剥いて笑った。小兵が体格の違う大人を腹に抱えたこの体勢だからこそ、最も威力を発揮するサブミッションもどき。これが正統な技に分類されるか否かは重要でない。何より大事なのは――、
「ほら、カードを離して左手、使わないと抜けられないよ！　折っちゃうよ！」
　言った時には既に、迂闊だった競技者の肘関節から鈍い音が響いていた。ヴュゾフィアンカが歯を食い縛る気配がして、ランセリィの首にタオルのように白亜の腕がぶら下がる。
（っく、保ちなよ……わたしの身体！）
　ゼェハァと乱れる呼吸音を隠しながら関節技を解くと、無防備な相手の頭飾布に向けて右掌底の構えを取る。僅かな余力を全部注げば、中身をグダグダに砕くくらい出来る。
「地獄に堕ちろ、この変態女！　シェリスエルネスはお前を殺して奪わせて貰う!!」
　手の甲まで覆うシース・スリーブ黒鞘から抜き撃たれるは鉄槌。分も弁えず己に触れた敵に魔少女が下す天罰に、壊せぬ物など何も無い。
　――が。
「……ッグ……そりゃぁ、景品にしてるのは私だけどー……二言目にはシェリスじゃ、僅かながらにも、へこむわ……っ?!　だけど情熱的な告白じゃなーい……素敵ィ……!!」
　――そしてランセリィは現実を思い知らされた。
（……ちぇー、そう容易くないんだよねー、人生って……）
「それに地獄ねぇ……？」だらりとしていた夜哨菫の

ゴシックドレス裝の腕が何故か再び繋がっていて、半壊した銀袮の玄裳ゴシックドレスの二の腕を押さえて突きの勢いを大幅に削いでいた。こつん、と親指の根元に頭頂を叩かれた女が、くすっ、と笑声で肩を揺らし、ゆっくり顔を上げてくる。
「ここがそこよ。お前と私が運命の出会いを果たしたこここそ、地獄。ちなみに折られる前に自分で関節を外して免れました。だけど引っ張られた靭帯とか凄く痛かったです。……私、ちょぉぉぉっとだけ、怒ったわよぉ？」
　――クス、クスクスクス、クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!!!
　何かスイッチが入ったらしく、紅眼の上端が水平に揃えられていた。笑顔を包む狂気は二重三重四重五重。十重に二十重に熱狂を纏い、衝動の赴くままに喉を震わせている。
「ゥフフゥフフフフフッッ!!　してやられちゃったけど、まだイーブンだわね。尻尾は暫くそのままにしておいてあげるから、しっかり掴んでなさいねぇ？」
　不意にゾフィアが左手を上げると、その指とカード越しに繋がるランセの尻尾も持ち上がる。そのまま白手袋の両掌で両頬を挟まれて、ぺろぺろと顔の造作を舐められた。
「今、必死に次の手を考えているのね？」
「……当たり前さ。わたしはお前に負ける訳にはいかないんだよ……！」
「だからこそ、いい。最高の宝石に稚拙なカットを入れて台無しにしていくが如きこの所業は、この世で味わえる究極の至福……ゾクゾクしちゃうっ！」
　まるで瀟洒な毛並みの大型犬にじゃれつかれているかのようだ。ただしそれは相手の体格を考慮せず、たとえ死んでもボロ雑巾のように引きずり回して離さない。
「幸せそうな可愛いお顔……ズタズタにして食べちゃいたぁぁい……」
　紅眼がキロリ、と見開かれた。摘んだ占札ごと左手がランセリィの黒尾を引っ張る、痛っ、引っ張る、痛っ、引っ張る、痛っ！　それはあたかも、人形の痛みを知らない子供が、お気に入りのそれの袖腕を伸ばして千切ってしまうが如く。悪魔尻尾がハープーン・テイルすっぽ抜けそうな恐怖に耐えていると、眼元に舌を添えられ、藍理石ソーダライトの眼球をペロリと嘗められた。
「二重丸。繋がりっぱなしで、よくこんなに動けたわねぇ？　痛かったでしょうに」
「……こんな物っ……破ったくらいでっ……いい気になるな――っっ!!」
　奥歯を磨り減らしながら処女喪失のドクドクと脈打つ裂傷を我慢する、悽愴な意地。
　引き攣る脚で懸命に滑り台の足場を探していると、感極まった銀髪鴉翼が哄笑を上げる。
「その強がりが何時まで続くのか、とっても、た・の・し・み！　あはっはは、あはははははははははははははは!!　アアァァァァァァ、本当に楽しみねぇぇぇェェェっっっ!!!」
　頭飾布ヘッドドレスの薄紫の羽根を凶悦に揺らす笑顔が覆い被さって、小さな砂時計を見せてきた。
「特別にねぇ、ルールを追加してあげるぅ。これが落ち切るまで悲鳴を上げなかったら、シェリスエルネスを解放してあげましょーう」
　トン、と煉瓦同士の凹凸に引っかけてそれが置かれると同時に、蛇尾がS字に曲がって襞の少ないキチキチの粘膜を拡張してきた。肉厚の土管をパイプ管に押し込むようなものだ。腹が破られるかと思うほど臍下が盛り、柔い肉を攪拌される。直腸に接した膣後壁など、棍棒の食い込むあまり便意すら感じてしまう。
「ぎ……ひが……ぁぅ――！　っん、なのっ、屁でも、ないね゛っ！」
　斜面のベッドに仰向けで押さえ込まれたランセはゾフィの肩を掴み、目前の僧帽筋辺りに噛み付いた。濃紫の肩背ケープマント套の布が歯に絡めば、猿轡代わり。これで声など出ない。同時に暴虐の進行が止まる。決死の膣の締め付けと捩り込む力とが拮抗したのだ。そこは乙女の洞窟の半ば。阻まれた緑剣スペードがグリグリと頬瘤で抉り擦り、激痛で落城を迫ってくる。
　下草すら生えていない白い造園は、肉の土竜に掘り返されて、破瓜の血を流している。粘膜が裂けるギリギリの耐久テストは度を超した警報をレッドアラート鞴を踏まれる灼熱に変えた。
（～～～っっ！　平気っ、へっちゃらだもん！　平気平気平気ぃぃぃぃ゛ぃぃっっ!!）
「あらあら本当に強情だこーと。でも、そういう子にもちゃんと手立てがあるのよぉ？」
　脂汗の伝う下腹と前庭部の境界。嵐が過ぎ去るのを待って包皮の奥で縮こまっている陰核に、悪辣の魔手が伸びた。細やかな膜を剥かれ、慎ましい肉豆が指の捕獲網に晒される。
（ぃ、痛い痛い痛いッッッ！）
　腰で電気ショックが爆ぜて、蒼眼を潤ませた少女の肢体が飛び跳ねた。胡麻を一粒、潰すかのように、過敏な神経の塊を転がされる。じんじんする疼痛が、睫毛を涙に浸す。
「大丈夫よぅ、お前は我慢強い良い子だもの？　きっと気持ち良くなってくれるわ！」
　陰核を金槌で打たれる脳天まで響く痛覚が身中の鍛冶場に追加されて、咽頭で膨らんだ鉄球の如き烈叫感が、丸まった背筋をじわじわと反らせていく。
（声、声が出ちゃう――！）
「ふぅぅ゛っ、ふぅぅぅぅぅ゛ぅぅぅぅぅぅっっ！」
　闘牛の角を振って顎を噛むと、みるみる外套の肩生地に唾液の染みが拡がって行った。
「痛い？　痛いわね！　嫌なら、早く快楽に順応しなさいねぇ？」
　少女のきゅっと閉じそうになる瞼に堕落を唆す吐息が掛かる。勇敢な敵に矛向ける角クエルノ・デ・トロスを女の胸元があやす。
　膨らんでいく小さな酸味の強レッドカラントい実はますます激しく潰され、神経を煮沸されるランセの指が責め師の肩に破壊しそうなほど強く食い込む。漆黒のオーバーニーの膝が夜戯菫の

ゴシックドレス裝の胴を挟めば、それは下腹に力を込めて侵攻を拒んでいる証で、蛇尾は頑固に強張った落盤を崩そうと、あの手この手で仔肉を痛めつけた。陰険な破城鎚はただ強引に突き進むだけではない。狭い膣でとぐろを巻こうと渦を描き、鱗の鋭さを予感させて心を折ろうとしてくる。
「ぐ、ぅぐ……っふう゛……っっ！　ぅぅぅぐ……っ、ぅぅぅぅぅ゛ぅ゛――――っっ!!」
　すっかり胸のはだけてしまった銀蝶の残骸ゴシックドレスから零れ落ちる魔少女の白皙の肌は、烈火の地獄で苦悶の汗に塗れて霧吹きを浴びた様になっている。拷問じみた長い時間を耐え抜く想いは、強さへの意地。それに罅を入れるべくゾフィアが指のやっとこを締めてくる。
「ん゛――――――ぅぅぅぅぅぅっっっ！」
　捩り切られるのを想像して覚悟を決める。しかしやがて――。
「ん……ぅ……ん……？」
　蒼い花弁の瞳に迷いがよぎったのを見て、全てを見透かしている淫婦がにまりと笑った。
（これ……本当に痛いの……？　何か……変な感じ……っっ）
　親指と中指の腹に嬲られる、ギンギンとした響きの奥に隠れた煩痒。紙鑢二枚に挟まれているに等しい嵐の裏に、次第に、蜜の中で大豆を洗われているような痛美感が生じてくる。それを認識した瞬間、急にヴァギナの滑りが良くなった。甘酸っぱさを覚えた実が急に快楽の影を増し、紅玉の輝きを纏っていく。
（ち、ちがっ、これは……ぁぁっ！）
「うっふふ、お前は根っからの淫乱ねぇ？」
　腫れ上がったミニチュアのプラムを擽るような揉み込みが始まると、乱暴に暴かれた性感の発芽は劇的な変化を齎した。サーモンピンクの断崖絶壁だった膣粘膜に血液以外の分泌液が伝い始め、軟体生物的な照りを獲得していくのだ。河を遡る鯉の如く。好機を得た蛇頭が左右に胴体を振り、湿り始めた牝肌の境を狙ってくる。身を裂かれる激痛と同時に、餓えるが如くクリトリスがそそり立ち、女の指に扱かれて随喜の悲鳴を上げた。
「っ～～～～っ～～～～～～ッッ!!」
　タロットカードと繋がった黒いコードが、瘧に掛かったかの如くぶるぶると痙攣する。
「早いわねぇ、もう腰砕けぇ？　そんなことではシェリスは返せないわねーぇ！」
　横目の蒼眼で燃えそうな程の怒りを灯して睨み付けると、尻尾と『恋人』の所有権を巡って争奪戦を繰り広げる左手が柔らかく背中に忍び込んできて、ぎゅっと抱き締めてきた。
（う……胸が重い……っ）
　寄せられた豊弾な乳房が、対抗するにはあまりに儚い胸を圧迫してくる。息苦しさに悶えるランセリィであったが、広がったマントに包まれて全身をライラックのブラウスの香水に浸されると、こんな時だというのに背徳的な高揚感を禁じ得ない。夜空に天幕を張った青紫のベッドの中で互いの温もりを交換しながら、睦み言を囁かれる。
「その真っ直ぐな意地の張り方を愛しているわぁ」
　入道雲の如く沸き起こる快美感に腰が浸食されて、さらりとしたシロップが垂れた。菫衣裳の肩を噛んで声を堪えるが、頬の紅は濃くなる一方。追い詰められていくのが分かる。
（お……お豆が、灼ける……！　あそこがおかしくなってくよぉぉぉっっ！）
「く、くぁ……」と息継ぎを求めた少女の目の前でからかうように砂時計が振られた。見ればそれは、管の中央が閉じてしまっている不良品だ。
「う、嘘つき――！」
「そうよ、その顔、それが見たかったの！　あはっ、可愛かーわいいわぁ！　自分の期待通りに物事が進むと信じて疑わない、世界の中心にでも居るかのような、その甘えたお顔！　駄目よ、ちゃんと落ちるか事前に確かめなくちゃ！」
　妖艶なアイシャドーに似合わぬ子供じみた囃し立て。憤慨で膣の抵抗が緩んだその瞬間。
　――ズグリ。ついに鱗杭が肉を押し退けて膣奥に激突した。その勢いで子宮頚管――ヴァギナとを繋ぐ細い肉路――に舌を挿し込まれ、あまりの悍ましさに少女は喉を劈かせる。
「ひゃきゅっ、くきゅおぉぉぉぉ?!　な、何入れて……っ、や、ふやぅ！　お、奥にっ、わたしの奥に触れるなああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
「奥？　ここはまだ浅い部分だと思うのだけどーぉ？」
　――チロロロッ！　蛇舌が常軌を逸して伸びた。愛蜜の溢れた粘膜筒を逆流し、その奥の空洞へと。朱肉の鞭に絶え間なく擦過されて、頚管は焼け火箸の激流に晒される。巧みなトンネルワークで次々と後続を呼び込むそれは、裸電球の様な形状の生殖器内部に、見る間に量を増やして傲岸不遜な顔を埋めてきた。
「か、あっ、くカァぁっふ……！　あ……カカ、かあああぁぁぁぁぁぁぁっっ?!」
　お腹の中で無数の火打ち石を叩かれる感覚。ガチガチと歯を鳴らし、ランセリィは両手を己の黒髪に突っ込んで頭部を握った。断面図があったなら、半分ほど飲んでから振り回した徳利のように、幼い子宮で赤い酒が荒れ狂っているのが見えたことだろう。
　銀髪の狼に噛み殺される黒豹の仔。両膝を跳ね上げ、両肘で激しく肩を殴打するが、首筋に顔を埋めた享楽の淑女は微動だにしない。ただただ、堕落へと誘う蛇尾だけが魔性の踊りを展開する。タロットの行李を引っ張る銛状の悪魔尻ハープーン・テイル尾が、快感で十字縛りを緩めてしまいそうになっては直し、先端の返しをより深く掛ける。ゲームマスターの左手が斜面の上へと高く伸ばされると、黒エナメルの光沢が限界まで伸びてピンと張らされた。
「くっっ、くゥぅぅっっきゅぅぅぅぅぅぅうううっっっ?!」
　ここで決着を付ける意志を感じて両腕も加勢に伸ばしたいのに、愛液を潤滑油に活発化する蠕動が少女の胴を反り返らせる。まるで蚯蚓の大群を胎で飼育するかのような生理的嫌悪感。しかし、その一匹一匹は麻薬の塊で、彼女は堪らず両掌で口を押さえた。
「あが、はぎゅっ、あ……、あぁ、かっ……は、はぁぁぁぁ……っぁっきゅ……～～！」
　巣穴にされて、自分が蛇の舌と化したかの如く踊り悶えるランセリィの肢体を、愉悦と熱狂を以てヴュゾフィアンカが見下ろしてくる。
「ヴァギナに私の尻尾を詰め込まれて子宮をペロペロ飴玉みたいにしゃぶられて、まさか気持ちが良いのかしらーぁ？」
「う゛、ひう゛う～～～～っっ、あ、はぎゅあぁぁぁぁぁぁっっぅううっくぅぅ！」
　たった一匹の蛇によって制圧されてしまっていた。女体の中心で熾された火が、全身を官能にくべる。嬌声を必死に塞いでいないと、流されて何もかも分からなくなりそうだ。
（カード、カードッッ、タロットカードだけはっっッ!!）
　それだけがこの淫獄から這い上がるための命綱。ランセの細い尻尾が全力を振り絞る。
「あららぁ、まだ諦めないの、声を怺えるの？　まぁいいわ、無駄だと思うけど！」
「ひっ、ひびゅいぃぃぃぃっっ?!　……ぁ、はぁ――――――っっ！」
　散々梃子摺らせた小娘への制裁に小さなピストン運動が始まった。醜悪に膨らんだ蛇の頭が子宮口から二センチ離れたかと思うと、粘膜の岩戸に矛じみた鋭さで刺し込まれる。
「ふう゛ううぅぅぅぅぅぅぅぅ……っっ……ふあ゛う゛ぅぅぅぅぅぅぅぅうううっっっ!!」
　悦楽の火砕流がズンッと腰に重低音を響かせ、ランセリィの押さえられた口元から泡だった唾液が一筋垂れた。――ゴッゴッゴッ、と規則正しく始まる連続ノック。未成熟な女芯の扉が灼熱に染まり、幼い肢体が官能の細波に包まれる。舌が子宮口に繋がっているのだから、狙いを違える筈がない。赤い糸を昇って天井を衝き上げる鬼蜘蛛は、女体を泣かせる五月雨となって牝窓に打ちつけ、擬似性交の興奮で肌を茹で上げていく。
「きゃっ、きャふ、はきゃぁぁぁっ、ひみ゛に゛ゃっ！　は、はふう゛ううぅぅぅ……っっっ!!」
　お臍の裏で騒々しい恍惚のシンバルが打ち鳴らされ、未踏の聖域が歓喜の靴底で踏み躙られる。夜戯菫の

裝のブラウスとスカートの境界に向けて迫り上がってしまった腰の上で、白手袋の右指に塩を振りかけるような仕草で陰核を揉み込まれた。
「はぅあおおおおおオオオ……！　ひゃ……ひゃ――――ぁ、ぁっ！」
開かれた胸部の裸身を汗淫らに大きく上下させて銀袮の玄裳の魔少女が哀れに身悶える。そのクリトリスを吊り上げて延ばしながら、享楽と猛毒の淑女が執念深く囁いてきた。
「今度は私が二択を迫る番よぅ？　一度に二つの事は出来ないわ。シェリスを見捨ててイくのを堪えるか、カード奪取に専念するかっ、さーぁ、お前はどちらを選ぶのかしら！」
「ぁぐ、ひぃがぅ……っ……お、お前なんかに、お前なんかに身体を許すもんか――！」
「じゃぁ、こっちは諦める事ねぇ？」と、目の前に黒十字に縛られた恋人の札をひらひらと翳されたランセは、上下に忙しなく瞳孔を向けながら、毅然とした怒りの声を絞り出す。
「っぁ゛……両方……両方だ……！　どっちもお前には渡さない……っ！」
「意気込みは素敵！　でも、出来もしない事は言わないこと!!」
　緑鱗の陽根に虐げられる少女の子宮に屯する紅い舌が絡み合って大きな団子になり、同時に太い毒蛇が、ググッ、と螺子込まれて来た。拳にヨーヨーが戻っていくような動作で、間にある子宮頚管を出口と入り口から圧迫されて、堪らず少女が悶絶する。
「あ、んお……っ！　ひゅぎゅ……ぅっ……ふうぅぅ……　う゛、ううぅ、ぅぅ……っ!!」
　汗だくの上半身を左右に捩ってドレスの残骸を斜面に振り落とすランセリィの姿は、包み紙を剥かれるキャラメルスティック。性感の開花していく甘い芳香を燻らせている。
「っふふ、負けそうだというのに何を幸せそうな貌しているのかしらぁ、プリンセス！」
　鼻腔を酔い痴れさせた淑女の肩背套から、二十一枚のタロットカードが溢れ出した。
「やりなさい、『蠢く貪欲』グリーディ・タロット！　この娘に相応しいお化粧をっ！」
　――Yes bitch!　ゲヒャヒャッ！　ヒァウィゴォォォォォッッッ！
　夜空に占い札の編隊が舞い上がった。互いに平行に揃ったそれは円錐隊形ギムレットを取り、天頂に触れると、淑女に押し倒されて嬲られている少女に向けて、急降下してくる。先程見せられた剃刀の切れ味を思い出し、ランセリィは身を竦める。死に化粧でも施されるのかと。しかし、肉体の苦痛など遙かに上回る責め苦もこの世にはあるのだ――。
　――シュ、シュッン、シュシュシュッッ！
「う、あぁあぁぁ……っ！　ぁふぁあぁうぅぅあぁぁぁっっ?!」
　脇や胸を掠めて、刃物が目にも止まらぬ速度で通り過ぎていく。そして、後に残された風に巻かれて、僅かに削ぎ落とされた銀袮の玄裳の生地が花びらの如く舞った。木目細かい肌には傷一つ付けない見事さで、衣裳を数ミリ裂かれたのだ。
「綺麗よぉ、裂け目から覗く、ちょっぴり卑猥に濡れちゃったお肌……っ」
　銀蝶の骸ゴシックドレスのあちこちに入れられた切れ筋カットから覗く柔い真珠のパピルスが、毛穴を開いて妖しくぬめる。幾度も幾度も飛来する群れが、じわじわと恥辱の線を増やしていく。
　貴様の抵抗など道端の小石程度に過ぎぬ、と高速を保つ抽送に牝肉を作り上げられ、ランセはトロリと濃厚な白ワインを愛液にするまでに至っていた。恥じて身悶えるとますます細い窓が開いてしまい、奥の肌を紅瞳に晒されて、はしたない興奮を覚えてしまう。
「ふぁ、服……ふ、きゃ……っ……破くな……！　はきゃん！　あっあっ、んくぁぁ！」
　血祭りに抗う余力は欠片もない。何条もの流星雨に取り囲まれて、黒や銀の花吹雪を散らされ新たに裸身を外気に触れさせられる度に、貶められる陶酔が少女を包み込んだ。
　メビウスの輪を描く剃刀が喘ぐ乳首に薄皮一枚触れて、ピクンと子鹿の肢体が緊張する。開腹された胸やスカートが鎌鼬の猛威に負けて微塵に千切れ、女を痴れさせる緑鱗の毒蛇サーペント・テイルを咥えて唾液を振り撒くラビアが風通しの良さに衆目を感じて羞恥にのたうつ。肩の膨パフらみが無惨なスリットを入れられ萎んだ風船にされていく。漆黒の鞘袖シースやオーバーニーは、伝線の拡大したストッキングの様だ。
「ぁ、ん……！　だ…め…ぇぇっ！　斬るなっ、斬るなぁぁ……！　はぁ゛はっ、あ゛っ！」
「やぁよ、悦ばれてるみたいだし！　ぅふ、止めてもやるのが芸術魂なのよねーぇ！」
「ふぎゅいっっ！　突くのっ、力込めっ……あひっ、あ゛ぁひい゛いいいぃぃぃぃいっっ!!」
　陵辱された衣裳は、腰から鎖骨まで何も帯びることを赦されなかった。代わりに、熱い息に蓋をする腕や、抽送に連動して身じろぐ脚線が、帯状に生地を裂いて作られたブラックのリボンでラッピングされる。肩から脇へのサンバ飾りの如き垂れ幕は、千切れたパフの亡骸だ。ドレスは結局、殆ど腰輪フープ状での存命を強いられ、三角旗ペナント状に裁断されたスカートの端くれを縁に並べてマイクロミニのバレエのチュチュにしている。意図的に無事に残されたバンド風の銀カチューシャ冠に三日月のペンダント、妖艶のショーツ黒に深淵の革靴が寧ろ哀れだ。
　啼く雛鳥に存分に蹂躙される蜜味を刻みつけて、タロットがマントの懐に戻される。
　相手好みにコーディネートされ終えた魔少女は、しかし憎悪の声すらままならない。
「……っ、んぁ……ひぁ……かぁぁぁ……はっきゃ、ひに゛ゃうぅぅぅ……ふくゅっ！」
　ジュゴッ、ジュゴッと連続で腰を揺さぶられる規則正しい殴打にいつしか肉体が同調し、快感の蹄鉄に蹴られるランセリィは全身でしゃっくりをあげて、夢見心地の縁に飲み込まれそうになっている。臉に朱を掃かれ、汗で黒髪がぺとりと頬に張り付くのだ。
「っひゃ……ぁ……こ…この……ぅっ！　ぁ、ぁ゛ぁ……てい…くひゃあ゛あぁぁぁぁっっ！　てっ……程度でぇぇ……！　あ……はぁぁ……わたし……達したりなんかぁ……っ！」
　己を鼓舞する言葉も嬌声が混じって途切れ途切れだった。
「そろそろ限界ーぃ？　ほぅら、止めよぉ……猛毒の微睡みに堕ちなさぁい！」
　ランセリィの目の前に恋人のカードが翳された。そこには懸命に黒尻尾がエナメル質の輝きを重ねてしがみついている。子供の親指程度の太さだ。その先端は捕鯨の銛の如く攻撃的な鏃型で、獰猛な返しが両側面から後方に伸びている。まるで槍の穂先のように中央の筋が丸く盛り上がり、両翼は鯱の背鰭かサーベルの如く鋭利だった。と、札の絵柄を口元に近づけたゾフィアが、必死に役割を果たしている錨に熱情的な吐息を吹きかけてきた。展開を予測して「ひぴ――！」と戦慄した銛の頭をハムゥッと唇で挟まれる。
「ふひゅぁいっ!!　ぁいっ、ぁいぁいぁいぁいぁい゛い゛い゛ひぃぃぃぃぃぃっっっ!!」
　嫌悪感が超新星爆発を起こした。尾が巣穴から追い出された海蛇の如く暴れ狂う。
「そんなことするなぁぁぁぁっっっ!!!　きゅに゛っ！　……く、くぴゅぅぅぅぎぃっ!!」
　紫のルージュに悩ましい唇の痕を残された片刃の箇所が酸を浴びたような熱を持つ。ちゅっちゅ、と連続で吸われると、まるで電極と電極が触れ合って火花が散るみたいに快感が爆ぜ、眉間の奥を火箸で掻き混ぜられた。
「ひっ、ひみぁ……っん！　ぁ、ぁぁぁふ……ファらぁぁァァぁ……ッッ！」
　追加されるデコレーション。黒桜の花びらを細長く伸ばしたが如きが先端が真っ赤に紅潮していく。返しの引っかけを外されて、錨がプランと垂れた。
「っぁ、そ、尻尾、しっぽぉっ、動かな――っっ！」
　蕩けるような悦楽に揉まれて激しく悶える腰にゾフィアが覆い被さってくる。
「ほぅら、これが私の尻尾の形……しっかり覚えて……！」
　何処までも粘着質に、未熟なヴァギナの中でスネークがローリングした。これから彼女を支配する物体の形を覚え込ませるべく、太い胴体が捻りを加えながら緑鱗を擦り付けてくる。弓形に盛った瞼で襞と襞の谷間の微妙な部分をピンポイントで掻いてきた。
　そのねっとりとした感触を少女の細胞は一つ一つ受け止めて、ぴりぴりと神経に電流を流す。笹の葉の胴体を打ち震えさせて何度も何度も唾を飲み込んだ。
「……ん、ぁはぁぁ……ぁ……っ！　はぁっ、ふぁあ゛ぁぁぁぁ、ぅぅ……ぁ゛ぁぁ……!!」
「楽しませてくれたお礼に、終わりはとっても甘美にしてあげる!!」
　そして始まる、猛烈なグラインド。子宮口から爬虫類の退く幅が次第に長くなり、終にはジュバッと、とば口から飛び出した。勢いよく蛇頭が宙に躍り出る。舌の紅い線がヴァギナから伸びて真っ直ぐな綱が獰猛な粘液を垂らす。そして、釣り針を引っ掛けられた魚の口を乱暴に引っ張り、弾みをつけて巻き戻ると、絶息する陰唇に野太い餌を放り込んだ。
「ふ――――――っ゛!!」
　くぱくぱしていた陰唇に緑剣スペードの穂先が触れた瞬間、肢体が硬直する。幼い襞の隅々まで掻き分けて膣洞を激しく抉り昇る逞しい胴体。菱形の鱗の一枚一枚が如実に感じられて、お臍を沸騰させる快感に外撥ねの短ショートカット髪が逆立った。膣底に激突されると、瞳孔が拡大する。
「きゅふいっ！　ぅぁあっ、あきゃる゛あああぁぁぁぁぁあああっっ!!」
　ズン、と頭にダイレクトに衝撃が響く。涙目になった少女は転げ回るように身を捩り、膝で相手を蹴るように脚を跳ねさせた。下腹部に腕を伸ばして横暴な異物を押さえつけようとしたら、用済みのクリトリスから手を離したゾフィアに両手首を掴まれてしまう。
「そろそろおとなしくしてくれると嬉しいわねーぇ！」
「ぅやだっ、やだぁぁぁっっ!!　きひっぃん！　いゃあ……っ、ああぁぁぁぁっっ！　るきゃあふぁはううう゛ぅぅぅっう！　はぁ…ぁっ…いきゃあはああ゛あぁぁぁぁぁっっ!!」
　鼠蹊部の間の子供らしい花瓶に猛然と肉杭が撃ち込まれると、ランセリィの網膜に芳悦の稲光が走り、力の籠もった眉間に卑猥な熱が集まった。
「ぅ――――んぅぅぅっっ！　放せっ！　はぁなぁせえええぇぇぇぇぇっっ!!」
　粘ついた精油の零れる陰唇の薄羽が竦み上がる。ロープウェイが何往復もし、ズヂャ、ジュブチャッと掻き出された愛液が煉瓦に末広がりの染みを作った。包飾された腕を手枷の嵌った囚人の如く差し出させられ、猟師に撃たれて運ばれる兎の耳のように一握りされた少女がどんなに腰を振って暴れても、子宮口にレーザーポインターを当てられた防備の無いヴァギナに逃げ場はない。
「ひゅぎいいいぃぃぃぃぃっっ！　ゆびゅはああああぁぁあぁぁぁぁああああっっ!!」
　猛々しく尖っていた攻撃性の象徴ハープーン・テイルに武器じみた迫力は最早無く、すっかり柔らかくなってしまっている。熱っぽく潤んだ蒼い瞳の中で、ゆっくりと黒十字の括りが弛んでいく。
　エナメル質の表面で毒の如く滴るルージュの液だれ。まるで唇から湧くかのように、何度マーキングしても掠れることなく尻尾の色を変えていく。紫の泥濘に嵌って身悶える哀れな泥鰌が一周一周、解かれていくのだ。そして、包丁草で作った鉢巻のような頼りなさで残る最後の一巻きを、並びの整ったシュレッダーじみた歯で、ガプッと噛まれた。その瞬間に腰が絶叫したのは突き込みばかりの所為ではない。
「くカァァァッッキィィィィィッッ!?」と膝が強く締められる。瞳孔が開き切った。
「感じちゃうのよねーぇ、尻尾にキスされながらファックされて！」
「はぁ、はぁ、ぁはぁぅうぅぅ……っ、くぅ！　んくおあぁぁぁぁあああっっ！」
　やがて、降り注ぐキスの雨に屈した尻尾が全体の半分も占領の証で埋められて倒れ伏す。それを見送りながら、ランセリィはか細い声を絞り出した。
「か、かえっ、ふぁ……ぁる゛……返、せ、ええぇぇぇぇぇっっっえ゛！」
「いいわよぉ？　今からお前の子宮に入った蛇の舌を一気に全部引き摺り出すから、その間中、声を出さなければね？」
　カナリアの鳴き声を嘲笑い、膣で蛇がカパッと上下に顎を開いた。まるで巨大な洗濯鋏を粘膜内で開かれたような感覚で、お腹の底がごりごりと押し拡げられる。
「ひえっ!?　は……ふきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ！」
　――ズチュルルルルルルッ！　ランセが事態を把握するより早く、宣告通りに子宮頚管の筒の中を紅いロープが高速で巻き戻された。石ころだらけの悪路を猛スピードで駆ける馬車のように童魔の肢体が飛び跳ね狂う。痛烈快美な稲妻が青儚い小さな女体を衝く。
「ひあ゛っ?!　あ゛、あ゛あ゛ああああ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛ああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!　あ゛っぁ゛ぁっあ゛ああ゛っああ゛ぁぁぁ゛っぁぁあ゛あああぁ゛ぁっあ゛あ゛っあ゛あ゛っあ゛あ゛あああ゛っっっ!!!」
　まるで不可視の硬球をテニスボール詰め込まれたみたいに口腔が開きっぱなしになった。背中が弓のように反り返り、後頭部と臀部、踵だけで躯を支える姿勢になってしまう。汗の珠を散らすランセリィは氷山だ。必死に固めた意志が沸騰した快感の波に融かされ罅を入れられていく。大波に揺られて、裂かれた乙女の屈辱のゴシックドレス証が四肢の鎖ラッピングリボンを無数の子蛇の如く蠢かせた。
「ほぅら、お前も私の腕の中で壊れていく……!!」
「はきゃっ、はぎゃあぁれ゛えええっっ!!　くるっ、くるっきゃ！　オフッ、オふぉオ゛ぉぉぉゥゴォォォッッッ!!　やぁめ゛ッッ、やめれひぃぎぃぃぃい゛い゛い゛ぃぃぃっっっ!!!」
　――ズチュルルルルッチュ！　ズチュルルルルルルッッッ!!　合計にすれば凡そ数メートルの肉鞭が、一遍に引き抜かれるのだ。その快感は容易く少女の思考を麻痺させ、誇りも嬌声も全て引き摺り出した。未熟な子宮口を擦過される度に、歓喜の火柱が全身を灼く。
「っふぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!　あ゛ああ゛ぁぁぁぁ～～～っっっ、――あ゛あああああぁぁぁ゛ぁぁぁっっっ!!　はがあああぁぁぁぁぁぁお゛ぁぁあああああああっっっ!!!」
　悦楽に鷲掴まれた頭蓋がミシミシと軋む。瑞々しい若木が暴虐に手折られていく。牽引されて下がっていく腰が、ゾフィアに膝蹴りじみた雑な支えをされて元の位置に戻された。
（嫌だっっ、こんな奴に好きにされたくないいいいいいぃぃぃぃぃっっっ!!）
　そんな執念も視界を極彩色の添える快楽の怒濤の前には歯が立たない。熟れた鬼灯のように頬を紅く膨らませ、可憐な小鼻をぷっくと拡げて悶絶するランセ。紅玉を輝かせて視線を降ろしてくるゾフィアと眼があった。傲慢な支配者然とし、池に落とした蟻が岸に辿り着けずに溺れていくのを観察するそれ。我知らず抵抗心が心の中で牙を食い縛らせる。
（イ、イきたくないノ゛ッ、絶頂させられたくないよぉぉぉっっっ!!!）
　網膜が白に染まる無我の境地。そこに飛ばされるのを拒絶し、魂消えそうな絶叫を放つ。
「ひはあ゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っっっおおおおお゛オオオおおおおおぉぉぉぉぉぉォォッッッ!!!　はぁっ、はぁ゛っっ!!　っくっは……っぁ、あ、が、はぁぎゅ……っ」
　――ッヂュ……。全てが終わった時、少女は涙と涎を大量に垂らしてビクビクと震えていた。瞳孔は開き切り、か細い喉から、ひゅぅひゅぅ、と息も絶え絶えな音が漏れている。愉悦の静電気を帯びて痺れきった腰をべたついた愛液の接着剤に塗れさせ、破壊寸前の魂が眉の付け根を弛緩させていた。
「偉いわぁ、私なんかにイかされたくなくて、我慢したのねーぇ？」
　壮絶な波に耐え切った少女の栓をされていた頚管から本気汁が垂れ、蛇頭尾がちゅうちゅうと吸いあげる。ともすればぶり返してくる余韻が、拡大した藍理石ソーダライトを元に戻させない。
「はーぃ、色事のイの字も知らない女の子を啼かせるなんて、朝飯前なのでした！」
　クスクスクス。散々に少女の抵抗をあざ笑った悪鬼が童女の笑声を漏らした。
「これで、お前のバージンを奪ったのもわ・た・し。んふふ、次は何を貰おうかしら？　こうやって生爪を剥ぐように抵抗を封じて、身も心も私で埋め尽くしてあげるわぁ……」
　衣裳と呼ぶのも烏滸がましい襤褸切れを肌にこびり付かせた少女は、腋窩に中指と薬指を差し込まれて上体を持ち上げられた。
「もう一回して欲しーぃ？　今度はイけると思うわよぉ？」
　キュッと怯えた瞳孔が元に戻る。ゆっくりと眼の下を嘗められた。再び右指がクリットを揉み込み始め、肉の隧道に居座った誘惑の蛇も愛液で濡れそぼった粘膜に擦り付いて周回を始める。
「ぃ、いらな、い……！　ぃらないっ、ゃめろ……っっ！」
　未体験の妖しい興奮に襲われて、少女の肢体がぶるっと震えた。尿道に熱が生まれる。
　最初、それは針で刺された程度の物でしかなかった。だがやがて、体内に管が通っていることを自覚せねばならない程強くなり、決壊寸前の濁流となって少女の腰を震わせる。
「はぁ……ぅ、ん……、ち、近寄らないで……はぅぅぅん……嘗めるなったらぁぁぁっ！　っく、っぁ、ん……ぁふ……っ」
　ゾフィアを押し返す動きに、もぞもぞとした腰の動きが追加される。我慢の堤防が崩されて、水門の奥から黄金色が滲み出す。
（だめっ、だめぇぇえっ、こんな時にお漏らしするなんて恥ずかしいよ……っっ）
　かくんと首を折った少女は願う。せめて漏れ出す時まで相手に気取られぬ事を。しかし。
「母親と同じでおしっこ癖まで悪いのねぇ。只のそっくりさんじゃつまらないわ？」
　臀部に白手袋が入り込む。乱れていた下履きの位置を直されると、そのまま抱えられて、軽々と腰を目の高さまで持ち上げられた。前後逆に肩車をされたような姿勢だ。
（あ、パンツが汚れちゃう……っ）
　秘座を覆う布の質感。失禁でショーツの濡れる様を観賞される辱めを恥じる。寓悪都市でも一際高い鐘楼で逆肩車をされているのだ。ふと己の眷属と名乗った者たちが、これを見ているだろうと考えて、羞恥に肩が震えた。観衆の面前で内腿や臀部に黄金の河を作るなど許せず、せめて流れる範囲を狭めようと太股を上げる。「み、見るな、見るな……！」と、そう叫ぶランセリィの腰が放尿の予兆で小さく震えた。その時だ。舌なめずりしたゾフィアが尿道口目掛けて喰らいついて来たのは。享楽と猛毒の淑女の狙いは予測を超えて更に常軌を逸していた。
「ひゃう!?　な、ななな、なにゃぁぁぁぁぁっっ?!」
　――ズチュ、ズチュルルルルル……。
「な、何してるのっ!?　ね、ねぇっ、ちょっと何してる――ひっ、ヒィィッッ!!」
　吸い込まれているのだ。堰を切って溢れ出した黄金水を。手の平に乗せられた小振りなお尻が跳ね、背筋が凍る。ショーツに押し込まれたパープルリップの上で、肉芽が震えた。
「ぴぃぃぃぃぃぃぃっっ！　へ、へんた……ふぁ、ぁふぁはあぁぁぁぁぁァァッッ!?」
　頭飾布ヘッドドレスごと相手の頭を掴んだランセリィの顔が、茹蛸の如く真っ赤になっていく。ゾフィアのうなじの辺りでX字に組まれた脚が、振り子のように前後に震えた。旋毛から尿道口まで、ストロー・ストロークで尊厳を引き摺り出されていく。唇の形に吸引される尿道孔が火を噴くように熱くなる。――ゴクゴクッ――ゴクッッ！
「くぉわあああぁぁぁらやぁぁぁぁっっっ!!　ぁク、らカっん――ひゅぅぅぅぅぅぅ……きひゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……く、ひ、み゛はあ゛ああぁぁああっおおお゛っっっう!!!」
　羞恥の極まった精神的な絶頂で頭の中が真っ白になった。股間から淑女のウルフテールを生やした体勢で、靴の踵がゾフィアの背中を掻くようにひっきりなしに攣る。首の裏から悍ましい感覚が啜られていき、内腿の柔肌が、ギュッと相手の耳を挟み込んだ。そして、凹凸に敏感に反応して、更にもう一段階跳ね踊る。
　――ジュ、ゴク、ジュズヂュルルルル、ゴクゴクゴクッッッ!!
「あっあん、くっ、ひ、ひ――ぁ、き、きひっ……イ゛ああぁぁぁぁぁ……っっっ!!」
　やがて降ろされた時、ランセリィの皺のよったショーツには、濃紫のキスマークの中心に黄ばんだ染みが唯一点、痕跡を残すのみだった。
「は――――あ――――はぅ――――ぅ、ぅ゛ぅ――――」
（わ、わたし、こいつにおしっこ飲まれた……？　服をズタズタにされて、処女も奪われて……良いようにあしらわれた、その上……っっっ!!）
　取り返しのつかない奈落に落とされた頭髪の逆立つ恐怖と、敗北の崖から落下する浮遊感。鳩尾に剣を挿し込まれるような辛い苦痛感。それらが綯い交ぜになった負の衝動が少女の心を塗り潰す。
「いいわ、いいわぁ、ゾクゾクしちゃう。その大事な物を失いましたってお顔！　心を犯された気分は如何ぁ?!　これからもっと一杯、シェリスが隠す悪いことを教えてあげるからお楽しみに！　……あら反応が薄いわ？　ちょっと刺激が強過ぎだったかしらーぁ？」
　呆然としている所を、終わりに近づく余興を名残惜しんでゾフィアにキスをされた。
「……呪術者に体液を飲ませちゃったわねーぇ……？　なにはともあれ、ゲームセット。またの挑戦に期待するわねぇ？」
　破瓜の血と愛液を吸った蛇尾の緑鱗がヌラリと濡れ光り、嬲るようにそれを頬に擦り付けられる。征服された――。論理ではなく、実感として肉体に刻まれた屈辱が凄まじい羞恥と喪失感を生む。それはいとも容易く少女の激情の引き金を引いた。
「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!　よくもっ、よくも――っっっ!!」
　投げ出された四肢を強張らせた彼女の身体から白い焔が噴き出す。しかし渦を巻いて敵に飛び掛かるかに見えたそれは、息切れと同時に消えてしまった。
「ちくしょ……っ、こんな、こんな弱い身体いらないぃぃ！」
　内から膨れ上がる興奮を抑えかね、玩具遊びの終幕フィナーレを迎えた女が身をブルリと震わせた。
「あっは、積もり立ての雪原みたいなお前を私の足跡でぐちゃぐちゃにしてあげる！　そうだわ、檻が必要ね！　可愛い小鳥が七転八倒して囀る檻が必要ね！」
　パンと小気味良く手を打ち鳴らした淑女がこちらに背中を見せ、地下拷問室から運び出してきた死者の鎧の残骸を広げて何やら作業を始める。鼻唄交じりに揺れる鴉の大翼を見ながら、放置されたランセリィは血色を失うほど強く唇を噛み締めた。
　――ふえ……ぐす……。裂かれた衣裳の残骸を胸で掻き集め、泣くのを見られまいと顔を隠してうつ伏せに寝返りを打った少女は、四角錐の屋根の端まで這って行くと煉瓦平面の境目で交差を繋げて丸く蒲鉾状に山になっている場所に歯を立てる。
「わ、わたしはシェリスにこう言ったんだ、『弱いお母さんなら要らない』って――だったら弱い娘だって要らないぃぃッッ！」
　――ガチッ、ガチッ、ガチィィッ！　痛いほど溢れる熱い涙で目元が腫れぼったかった。
「こんな、こんなの嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ！　わたしは強いんだ強くなくちゃ駄目だッッ」
　なんて屈辱だろう。自分はシェリスエルネスに並べると信じていた。しかし現実は無惨極まりない。突っ伏した背中は酷く小さくて、今だって怨敵に暴かれた官能が体内で続きを知りたがって艶めかしい蠢動を見せているのだ。
「許さない、ゾフィア……！　踏み台のくせしてわたしをこんなにしてぇぇぇっっっ！」
　――キキ、ガキの癇癪ほど無様な物はないなぁ……キヒヒヒヒヒ……ッ！
『声』が聞こえてきたのはそんな時だった。同時に脳裏に、見ていて痛くなるほど巨大な単眼と肉塊が鎖に繋がれているイメージが送られてくる。それは、冒涜的な作業を進めるゾフィアのマントの内側から発信されているように感じられた。
　――ムム、ギィ……やっと外界に繋がったか……？
　頭蓋骨の中に直接響くような声だった。そして、耳障りで陰鬱な嘲りに満ちている。
（……この……声は……、――――ギルバ！）
　かつて常夜の姫君と争った魔神。呪法具の生け贄を求める魔物喰らいヴュゾフィアンカに囚われている筈だが、漸く封印から自由を得始めたらしい。名を呼ばれるなり頭蓋の中で哄笑が爆発した。
『ククク……クヒヒヒッ……イヒャハハハハハハハハハハ!!　如何にも！　我は魔神ギルバ、腐泥の王なり！　キッキキッ、あの時とは見違える程良い様だなぁぁ、小娘ぇぇ！』
　胸に掻き抱かれた衣裳の残骸。卑猥な汗で濡れた肌。身体の内側から物理的な圧力すら伴った厭らしい視線が這いずり回る。ランセリィは思わず身を縮こまらせた。
（っ！　負け犬が何の用っ!?）
『なぁに、惨めな貴様に恩情を与えてやろうと思ってなぁ？　札の中から堪能させてもらったシェリスエルネスの恥態を招いてくれた礼をしてやろうではないか』
　刺々しい思念に余裕に満ちた嘲笑が答える。その事を言われると心が掻き乱された。
『力が欲しいのだろう？』
　弱い己への怒りが抑えられないのだ。その声は魔少女の胸中にするりと忍び込んでくる。
『身も心も我に奉げて眷属となれ、さすればその貧弱な肉体など比べ物にならぬ力をくれてやろう』
（……一目見た時から脳の完熟してる人だと思ってたけど、どうやら蛆まで湧いてるみたい？　誰が薄気味悪いお前なんかの力を借りるもんか……！　一人で滅んで行け！）
『ほぅ？　何故我も危機にあると思う。これでも太古の魔神よ、小娘如きの呪術でいつまでも縛られるほど落魄れておらんわ！』
　身体からまたも生命力が零れ落ちていくのを誤魔化そうと、ランセリィは牙を剥いた。
（はっ、じゃぁ、とことん落魄れちゃったんだ！　理由を聞いたね？　わたしに取り引きを持ちかけてきたからさ。お前は他人の不幸は手を出さずに見物する奴だ。自分もピンチでない限りね。分かったら引っ込みな、お呼びじゃないよ！）
　しかし、言い当てられても魔神の余裕は消えなかった。
『ふむふむ、我の苦境はお見通しか。だがな――』
　遠くで作業をしていた女の肩背套が内側から炸裂するように開いて、腐泥の王の干渉を受けた占札の花吹雪が噴き出したのはその時だ。「!?」と咄嗟に大鎌を構えた享楽と猛毒の淑女ではあったが、己の呪法具へ攻撃することを躊躇って、瞳と行動に迷いがよぎる。その一瞬で十分だった。戦車のカードから細い触手が二本飛び出してランセの黒髪に巻きつき、耳に突き刺さるのには。
『ならば我も指摘してやろう！　力を欲する貴様の念、ここにまで届いておるわ!!　キキ、キキキッ、口で幾ら拒もうが心の片隅で望んでいる限り我の侵蝕からは逃れられぬ！』
　その瞬間ランセが感じた悍ましさは、この世の悪徳を全て詰め込んだよりも酷かった。
「ぅあっ!?　ふ、ふぁぅぅぅぅぅっ！　くひ、くひィィィィぃぃぃぃぃぃぃっっっ?!」
　耳掻きのように内部を弄り奥に侵入してくる肉手に、鼓膜を触れられてツ゛ンと痛みを感じたのも一瞬のこと。脳髄に直接焼けた針を刺されるが如き痛みが麻薬の高揚に変じ、赤熱が全身に広がっていく。ぴちょぴちょと軟骨にダイレクトに響く音が波紋となって広がり、意識が朦朧とする。
　視界の煉瓦がぼやけた。首から外れ掛かった三日月のペンダントが、縣鹸螳鹸転がっている。細鎖に繋がった黄色い弧であるﾊﾞﾅﾅ膿たいな珊ｿﾚ、アレ？　S字にク琺ニャリ曲がッテ芋虫みたいにアルキ出し亜ヨ。チェ��ﾌﾟ革ﾋﾞ銑ーンっテ焚

て斜面を瀉って、ショウロウから鎖の長すぎるブ∂＄ｳﾖﾆﾉｺに垂

〃。鎖の間か珂ｼﾞ繭蜷わ滲ﾐ出し鵞＆は赤い肉で、鐘楼を覆っていく。アハ、デ暈レ鑄ションさヾ苔出ｪｱ礪は、ﾊﾟ忌なペニスÅｩ綺麗綺麗キ麗キ麗綺レイキレイキレイキレイギルバサマコレキレイデスギルバサマノプレゼント、アァ、ワタシ、迪っ躓いチ瘟ポ々乗にィ号‰ル、歉ｨ腰に無゛理゛無゛理゛押ｼｼｼ沓ｹｹ、入＆筈無いﾉ￠お腹の中一杯仝、犯して犯して犯ガガガガガッッッ！
「あ、が……はぎゅ、ひ……キきぃぃィィィィッッッ!!!」
　思考を侵されていくランセリィの瞳孔が拡大し、ボタボタと涎が垂れた。破壊されていく自律神経が全ての信号を淫らな快楽に置き換え、若々しい尻えくぼが毛穴から杏に似た甘酸っぱい発情臭を噴き出した。満足させて貰えなかった腰が、先程屈しなかった主人を責めるように、勝手に振られ始める。堪らず少女は右手で小さな胸を握り蕾に無理矢理肉を寄らせ、左手の人差し指から薬指まで陰唇に突き込んだ。クリトリスを握り締めるように手を閉じ、鼠蹊部に掛かった小指に攣りそうなほど力を込める。
「ヒイイ゛ッッ、ヒイ゛イイイイッッッ!!」
　――ガチッガチッッガチッッッ!!
　瓦を噛む。その動きに籠めていた悔しさを忘れまいと、口がただただ反復する。
『キッキッキ！　そうだ狂ってしまえ！　貴様のような輩は少々足りなくなった方が愛嬌が出るという物だ！』
　虚ろな眼で魔神の元に傅く自分を想像して、ギシリ、とランセリィの心が軋みを上げた。
　弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは嫌だ弱いのは――――――――ッッッ!!!
「これでお分かり頂けましたか」
　目の前に寓悪都市の管メルヘンキーパー理者が立っていた。おそらく自分以外には見えないのだろう。
「貴方様はご自分では何もお出来にならない。我らの補佐を受けて初めて――」
　黙れ。全身を包む淫猥な篝火より遙かに激しい怒りの炎が彼女の肢体を灼いた瞬間。
　心の奥底で魔性の扉が開いた。
　圧縮された思考の中で刻が止まる。ギルバの豪笑も、やっと事態に気づいたヴュゾフィアンカの不機嫌な罵りも、廃都の眷属の存在すら意識から閉め出される。
　荒れ狂う強大な魔力が核を求めていた。
　――ポゥッ。人魂に似た小さな白い焔が眉間に灯る。それは蜻蛉を惑わすように目の前でクルクルと渦を描いて飛んでみせたかと思うと、自分と同じ容かたちに膨れ上がった。そして顔の対面する腹ばいで寝そべり腕に顎を乗せて、飛び切り意地悪な笑顔で囁いてくる。
　――ねぇ、すっごく格好悪い、わたし。そんなに嫌々言って、じゃぁ、どう在りたいのかな？　皆に好かれて甘えたい？　だったらこういう時こそ、シェリスエルネスをせっついて守って貰おうよ。タロットカードの中で血塗れになってる所を足蹴にしてさ？
　彼女とランセは答えを共有している。故にそれは、悪意に満ちた侮蔑の言葉だった。
（そ、甦祖遡ッ、そんな、の嫌ダねッ、誰がァァ、人ッにッ守って…貰…モンカ！　甘えるッてのワネ、自分ガッ相手よりっ、強イコトヲ確信してェェェ、構って……アゲルっ、ことヲッ、言うんだよッッッ！）
　返事が聞こえないかのように幻像が続ける。
　――目指すは皆のアイドル！　一声掛ければファンが集まって守ってくれる！　もちろん使い捨て！　きっと気持ちがいいね、オー、イエー♪　一人じゃ満足にドレスも着れないこの人形、媚びて諂って、他人の温情を当てに生きていくが良いさ♪
（ソ檸、倭、ゾフィ……に勝て――此、脚ィィ……デ、建てテ……殻……ヒ、ヒィィィッッッ、人ヲッ夢ニッ溺れサセル、乃砥！　ジブン藻、夢ニ、取り込マれ――ノハ、禅是ン、違ウ!!　……輪……ワ、他、思、ガ、ホント、弐……頼ル……ノ……は、自分、ダケ……腐ッた砂糖ナンカッにっ――埋漏レテ――、タ――堪ルカァァァァァッッッ!!）
　周囲への棘を甘い綿菓子にくるんで隠した純心。爪で瓦を掻くランセリィが狡猾なハリネズミの志操を選び取ると、魔性の化身たる写し身が満足げに頬を揺り動かした。
　――そう、わたしは人を玩弄し腕をするりと抜ける蜃気楼。あらざる幻の焔は気高く気紛れ、何者にも依存せず。でもそれだけじゃぁ駄目だね？　捕まらないように逃げて、人の関心を引くだけじゃ、まだ足りない。全然強くないや。
　炎に像作られてなお蒼い瞳が合わさってきた。
　――教えて？　わたしはわたしに何を望む？　そう、たとえばこんな時、ゾフィアに大事な物をボロボロにされて、ギルバなんかに捕まってペットにされそうな、こんな時!!
　魔神の侵蝕を受ける魔少女の状態は、真綿に水が染み込むのに似ている。全身の毛穴が発火するが如き熱と共に急速に組成が変化していく肉体は、湿った綿を握ったように、硬く頑丈に。生命力に満ち、眷属としての新たな技すら得ていく。しかし、喜ばしい水分には色が付いていて、二度と元の色には戻れない。――存在の支配権を奪われる刹那。
（灼キ、尽くセ――何も、かも!!!）
　ニ゛、と二人がお互いそっくりに笑った。
　ボウッッ!!　眼前の己が俄に燃え盛り、雪の如き純白の炎の嵐となって包み込んでくる。耳に刺さっていた触手が音を立てて焼き千切れた。途端に身体が軽くなり、侵蝕が止む。
　刻が動き出す。強化された肉体を代償を支払わぬまま強奪したランセリィが硬い瓦を掴めば、砕けて指の形が残った。廃都が再生していく。泥がぐつぐつと沸き立ち、中から樹木の生えるが如く新しい家屋が群生すると天を圧して聳えて行く。
　――ねぇ、最後にはっきりしておこうよ。シェリスエルネスはわたしに必要？　好き？
　通り過ぎる熱波に耳元で囁かれて脳裏に浮かんだのは、性懲りもなく挑み続けて朽ちていく母体の姿だった。届かない垂れ柳に飛びつかんとする蛙というか。窓硝子の存在に気づかずに、通ろうとしては衝突を繰り返す蜂というか。そーゆーのは嫌いじゃない。
（あんなもの見せられちゃ、わたしも後に退けない……！　基本性能でとっくに勝ってるけどさ、それでもシェリスエルネスには負けられないんだよ――!!）
　理想の状態は彼女が越えようと四苦八苦する壁を軽々と越して、窓硝子の向こうから手を振ってからかうことだ。だから、こんな所で負けて泣いてる場合じゃなかったのだ。
（うん、決めた。シェリスはきっと世界で二番目に強くなる。だから、わたしは最強になろう。そんでもって、わたしはお釈迦様♪　前に立ち塞がって、掌で弄んであげるの!!）
　それは複雑怪奇に思考のねじ曲がった意地っ張りが、やる気満々の母親に譲歩できる最大限の関係の持ち方。かくして、互いが互いの上を行こうとする奇天烈な螺旋が完成し、飛び切りけたたましい笑い声を残して幻影が消えていく。
　――あははははっ！　じゃぁ、こんな、現実は、嘘だね！　全部――ぶち壊そっっっ♪　我が魔性の本質は幻惑にして暴虐っ、それはゲーム盤をひっくり返す理不尽!!
　最早言われるまでも無し。眼前を塞ぐ如何なる障害も灰燼に帰すべし。斜面を嘗めて鍔広帽の貴婦人を威圧し去らせていく焔は、魔の魔たる由縁。人の身ならば現世の秩序に膝を折り、胸に秘めることしか許されぬ想いで、宇宙を捻じ曲げる魔性の結晶。世界律に挑めるが故に、闘争の果てに破綻と破滅を約束された異形の証。
「レッツ・ビギン・ザ・カーニバル！　誰だぁれも帰って来れない奴を……っ！」
　胸を押さえられていた銀袮の玄裳ゴシックドレスが炎に巻かれた刹那に原型の精彩を取り戻し、銀糸の蝶を燦めかせる。陰翳に沈む、射干玉の黒は艶やかさを増し、まるで熟女の肌の様。冷たい涙も卑猥な汗も烈火の想いに蒸発せしめられ、後には粉砂糖のシュガーパウダー香りが残るのみ。
「……今宵は明けない、明けさせない！　天に煌煌と焚かれる白い炎に……陽ひも怯えて昇って来れないっ！　終わりの朝など来させない、微塵たりとも来させない!!」
　口ずさむ。自己を規定した瞬間から己の潜在能力の顕現のさせ方を理解出来ていた。肩や背から陽炎の如く不可視の力が立ち昇り、触れた蒼光が目の覚める白に色を転じていく。
　異界の空から降り注ぐ月光を絡め取って、業焔がますます勢いを盛んにしていく。
「いざや沸き起これ月焔、燃え盛れ我が魔性っ！　わたしが主役の嬌幻想夜のスイート・ファンタズム始まりだ！　生け贄、王様、眷属！　どいつもこいつも冗談じゃない……っ！　わたしの名前はランセリィ・Ｋ・シェリスエルネス！　禄にあの二人と話もせずにこんな所で終われるもんか!!」
　それはさながら、煉瓦の上の焼身自殺。腕や手足を白色の焔に捲かれて、ゆらり、と立ち上がる少女の足元に、ヒュン、と皓々たる月に影を落として銀の長剣が落下し刺さる。
　右手一本で引き抜き右肩を引いて半身になると、後方斜め下に流す。空いた左腕を振り子のように振り、直角気味に曲げて死の注文を待つウェイターよろしく腹の前、相手の正面に置いた。いざとなれば敵の髪を掴む為の左指を滑らかに開閉させて動きを確かめる。
　シンプルなバトルスタイルを保持した彼女は、燃え移った火を消そうと躍起になって振られる触手と、紅瞳を見開き白い焔の光を浴びて御馳走のお代わりを許された子供のような笑顔を浮かべる淑女を見据えた。
「世界ってぇ本当に綺麗……この輝きを好き放題に穢して良いだなんて、私は本当に幸せ者。でも、その瞳の輝き、結局母親似の良い子なのねぇ……ちょっとがっかり」
　ようやっとギルバを封じ直した享楽と猛毒の淑女が、ランセリィの精神の輝きを前にして歪んだ愛情表現への耽溺の度合いを深めた。故にこそ彼女は魔物喰らいヴュゾフィアンカ。畏怖の名を冠せられし生粋の凌辱者。想いを砕く行為に悦びを覚える悪鬼。
「わたし、すっごく悪い子だよ？　だってこれからお前達を八つ裂きにして最強を証明するんだもん！　――まずは貴様だ、ヴュゾフィアンカッッ！」

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